ワヤン・クリ1

8/14
前へ
/43ページ
次へ
「探偵さん的には、僕が普段と違う行動を取っているように思えるということだね。で、君の思う吸血鬼が存在しないとされる根拠を聞かせてもらってもいいかい」  マスターならご存知だとは思いますが、と前置きをしてから、勇理は皿の上にスプーンを戻した。 「ドラキュラ伯爵のモデルとなったヴラド三世や血の伯爵夫人と呼ばれるエリザベート・バートリなどは、カニバリズム(食人性愛)ヘマトフィリア(血液性愛)などの性目標倒錯を持っていたと思われます。強い残虐性があったことや血を好んだという点から吸血鬼のように言われますが、ただの大量殺人鬼でしょう」  玄河は笑みを浮かべながら、涼しい表情で勇理の話を聞いている。 「現在でもヘマトフィリアの人間はしばしばいるようですが、殺人をして血を手に入れるよりも、自分の血で賄うことのほうが多いようですし、他者の血を飲む人間がいたとしても、チスイコウモリのように食事としての意味合いはないのではないかと僕は思います」 「なるほど。だから吸血鬼はいないと」 「吸血鬼のイメージにもよるでしょうね。外見上の特徴で吸血鬼を判断するのであれば、現在では指定難病とされているポルフィリン症や低栄養が原因のペラグラといった病から想像したと考えられます。太陽光に当たることができないという点もよく似ていますし。もちろん彼らは、実際の吸血鬼ではありませんし、現在において彼らを吸血鬼だと言う人間がいれば、それは差別行為にほかなりません」  なるほど、と玄河は満足気に頷いた。 「埋められた吸血鬼が生き返ったという伝承についてはどうかな」 「棺桶から出てくるというイメージの元になっているのは、カタプレシー(強硬症)により硬直状態になっている患者を、死んでいると判断し埋葬したことに起因しているのではないかと思います。現代においても医療が不十分な地では、ごく稀にですが死体が生き返ったという話があります。これは、土葬習慣のある場所でのみにしか当てはまりませんが。火葬の際にも炉の中で遺体が起き上がるような動きをみせることはしばしばあるそうですから、偶然そういう状態になった場面を見たら、生き返ったと考えても不思議はありません」 「つまり、一般的にイメージされる吸血鬼は、ただの人間なんだと君は言いたいんだね」 「ええ。過去に吸血鬼とされた人々が、ただの吸血鬼ではなかったのだとすれば、本物の吸血鬼はそれらの誤った吸血鬼の姿を隠れ蓑にして生き続けているということも考えられなくはないですから」  ハハハと乾いた笑い声を玄河はあげた。 「なるほど。そこでまたオカルト的観点に戻るのか。それなら、私の持つ乾燥マンドラゴラも、本物である可能性があるな。勇理くんはオカルト好きなだけあるね。あれだけ吸血鬼を否定しておきながら、可能性を残すんだから」  玄河がからかうように言っても、勇理は表情を変えることなく、真顔のまま玄河を見つめている。 「マスターは吸血鬼が存在するかもしれないと思える、重要な手がかりのようなものを掴んでいるのではないですか?」
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加