ワヤン・クリ1

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 玄河は濡れた手を拭ってから、『生ける死体――民俗学から考える吸血鬼』を手に取り、勇理の前に置いた。 「たしかに私は、最近この辺りで日本には生息していない種のコウモリの目撃情報があることを、君から聞く前から知っていた。以前からコウモリ類の研究者たちの動向を追っているんだよ」  以前からですかと、勇理は怪訝そうに眉を寄せた。 「マスターはコウモリに関する研究をされていたのですか? ワヤン・クリを開く前は、民俗学の研究者として長くカンボジアの村にいたと母から聞いていたのですが……」 「コウモリの研究はしていないよ。あるクメール系民族の伝承や暮らしを調べるために、現地に滞在させてもらい生活していたんだ。私が日本に帰ってきた理由は聞いたかい?」 「いえ、なんとなくあまり尋ねて欲しくなさそうな空気を母が出していたので」  玄河は喉の奥をクククと鳴らすような不気味な笑い声をあげた。 「おそらく私の話を信じていないんだ。気でも狂ったと思っていたのかもしれないな」 「向こうで何かあったのか、訊いても良いのですか」 「私は死んだんだよ。クル・クメール――カンボジアに住むクメール人の呪術師と一緒に埋められてね」
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