ワヤン・クリ1

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「私が滞在していたのは、カンボジアとタイの国境にあるクメール系の少数民族が住む村落だったんだが、この本の作者が滞在していた東北タイの村落にも近くてね、同じくクメール人呪術師が多くいる場所でもあるんだよ」  玄河は勇理の問いかけには答えず、振り返ってカウンターの奥から昼間読んでいた本『イサーンの呪術と迷信』を手に取り、勇理の前に『生ける死体』と二冊並べて置いた。 「曾根田君青(そねだきみはる)ですか……」  勇理は明らかに声のトーンを落とし、顔を曇らせた。  無理もない。数年前、勇理と流星は、現在完全にサービスを停止中の高校生限定SNSスカリムを通じて行われた呪術によって、命を落としかけたのだから。  スカリムのシステムを開発し、呪術を行った張本人は、勇理と流星が通っていた名門男子校オカルト研究会のOBだった曾根田君青の息子だった。だが、もちろん呪術で人を殺めたなどという話が認められるわけはなく、何人かの犠牲者は原因不明のまま自殺や突然死として処理されたままだ。  ただ、スカリムの開発者が自殺を計り、父親のミイラ化した遺体が発見されたことで、謎めいた事件として世間で話題になった。君青の本もじわじわと売れ、とうとう遺稿までもが出版されるに至ったのだ。  呪術の恐ろしさが身に染みている勇理としては、一部の呪術方法まで載っている本が出版されたことを喜ばしいこととは思えないらしい。 「勇理くんは呪術など存在しないとは思わないだろう。実際、大変な目にあったんだからね」 「ええ、まあ……そうですね」  オカルト好きと言っても、勇理の場合は真実を明らかにしたいと思っているのであって、やみくもに信じているわけではない。大概のことにはこの現代においては説明がつくと考えているし、説明がつかないこともいずれは説明がつくだろうと思っているのだ。だが、体験した事件はどうにも説明のつくものではなかったのだろう。呪術は彼の中でもっとも曖昧な存在となってしまっているようだった。
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