ワヤン・クリ1

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「マスター、ただいま戻りました」  入口で立ち止まり、ひと声掛けてから入ってきたのは、玄河の甥である在多勇理(ありたゆうり)。その後ろから、疲れただのなんだのと悪態をつきながら入ってきた、高身長の眼鏡を掛けた青年は伊崎流星(いさきりゅうせい)という。  大学が長期休み中の今、ふたりは夕方から朝にかけて玄河と入れ替わるようにここワヤン・クリで寝泊まりしている。実際には、このワヤン・クリがある503号室ではなく、玄河の怪しげなコレクションの数々を保管している502号室に泊まっているようだが。 「おかえり」  ふたりが入って来るのを待って、玄河は外に出してあった営業中の看板をしまい、内側から店の扉にしっかりと鍵をかけた。 「ふたりともご苦労だったね。食事の前に何か飲み物でもいれよう」  玄河がキッチンへ入っていくと、勇理と流星は玄河と向き合うようにカウンター席に横並びで座った。  玄河は仮面を外し、コキリと首を鳴らした。勇理と流星とは覚王山にワヤン・クリが開店した頃から毎日顔を合わせているためか、玄河も仮面をはずしていることが多い。  いくつかの種類のドライフルーツとナッツを盛ったアカシア製ボウル、氷を入れたオーリアン(タイ式コーヒー)の背の高いグラスを、玄河はふたりの前に置いた。  流星はボウルが置かれるやいなや、「あざっす」と言い、自分のほうへ引き寄せ、ナッツを鷲掴みにしている。 「流星、まさか一気に食べる気ですか? あまりなんでもがっつくように食べるのはやめたほうがいいように思いますが……」  上を向き口を開けた流星を呆れ顔で見ながらたしなめるように言った勇理だったが、オーリアンに口をつけ、あまりの甘さに驚いたのか目を白黒させている。 「勇理はどうせほとんど食べないんだからいいだろ。俺は腹が減ってんだよ」 「ええまあ、たしかに僕はそんなに食べられませんから構わないと言えば構わないですが、殻付きのピスタチオをそのまま食べたら歯が折れるのではないかと思ったものですから」  握った手を開こうとしていた流星は、すんでのところで握り直した。 「早く言えよな! そういうことは」 「口に入れる前に注意をしてあげたのですから、文句を言われる筋合いではありませんね。だいたい殻付きだというのは見ればわかることですし、マスターが殻入れも用意してくれているんですから、気づかないほうがどうかと。そういうところが流星の悪いところだと思いますよ」 「へいへい。わかりましたよ」  また説教が始まったと流星は肩を竦め、殻を外したピスタチオを宙に放り投げて口でキャッチした。
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