ワヤン・クリ1

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 童顔で少女のようにも見える勇理と、真面目で賢そうに見える流星。その実、中身は真逆で、勇理は生真面目すぎる上に若々しさとは無縁の頭でっかちな人間だし、流星は言葉下手でキレやすく何事も力ずくで解決しようとする荒々しい人間ときている。  幼少期から互いに足りない部分を補いながら過ごしてきたこともあり、強い信頼関係で結ばれているふたりだが、中高一貫の男子校を卒業したあとも同じ大学に進学したのには別の理由がある。ふたりがマンションの住人たちを観察していたのも、その理由に関係しているのだ。 「ってかここの入居者、男女比偏りすぎじゃねえか。男ばっかじゃん」 「女性の入居者は二階と三階に集まっている感じでしたね。ああそうだ。忘れてしまう前にマスターに渡さないといけません」  勇理が鞄から取り出しカウンターの上に置いたのは、アルファ・ビルヂングの入居者の情報を書きとめてあるスケッチブックだ。 「住人たちの似顔絵を流星が描いてくれたので、僕が特徴などを書き加えてあります」  流星は絵を描くことが趣味で、いつもスケッチブックを持っている。今もナッツを齧りながら、別のスケッチブックに向かってひとり鉛筆を走らせているところだ。  スケッチブックを受け取り、パラパラ捲った玄河は、満足そうに頷いた。 「これは助かる。なかなかすべての入居者の顔を覚えるのは難しいからね。それで、コウモリの件はどうだったかな」 「マスターの指示通り、部屋から観察を続けていましたが、コウモリの姿は見かけませんでした。部屋に入っていく様子もありませんでしたね」  玄河は、アルファ・ビルヂングの二部屋とは別に、道路を挟んで立つマンションの一室を借りている。ワヤン・クリの営業後、玄河はマンションの部屋へ帰っていくのだ。 「日本国内で住居に棲みつく可能性があるのはアブラコウモリ以外にはいないはずなんです。ですので、チスイコウモリがいるとなると、誰かが飼っている以外には考えられないのですが……」  勇理は何も手掛かりが得られなかったことに納得いかないのか、しきりに首を捻っている。 「つまり、誰かが故意に飼育しているチスイコウモリを放って、人の血を吸わせているということかな」 「常識的に考えた場合の話ですが。常識を取っ払って考えてもいいのでしたら、別の可能性がないとは言えないと思います。マスターも、その可能性を考えているのではありませんか?」  勇理はそう言って、カウンターの奥に置かれた本を指さした。
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