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「さすが勇理くんだね。観察眼がある」
玄河は『生ける死体――民俗学から考える吸血鬼』を持ち上げて見せながら、ニヤリと笑った。
「仮に吸血鬼がこのあたりにいるとしたら、マスターはどうするおつもりなんですか」
勇理はマカデミアナッツを手の中でクルクルと器用に回しながら、玄河の返事を待っているようだ。
「捕まえて剥製にでもすると思っているのかい」
奥のコンロの前に立ち、鍋の中をゆっくりとかき混ぜながら玄河は言う。
「マスターに剥製の蒐集趣味があるようには見えませんから、捕まえるとしても研究目的だろうと思いますが」
玄河の背中を見つめる勇理の口の中で、マカデミアナッツがカシュッと音を立てて砕かれた。
「乾燥させたマンドラゴラくらいなら持っているがね」
「マンドラゴラは現実的に考えて、ただの有毒植物ですから剥製とは言えないでしょうね。仮にマスターが持っているのが伝説上のマンドラゴラだったとしても、もう叫び声を聞く手段はないのですから、本物かどうか確かめようがありませんし」
「たしかに」
「あの、マスターにひとつ訊いておきたいことがあるんですが」
「なんだい。改まって」
ふたりが話している間も、流星はナッツとドライフルーツを食べ続けながら、スケッチブックに向かっている。
「なぜマスターは、ここをワヤン・クリの移転先に選んだのですか」
「元々このあたりの土地に興味があって、物件を見ているときに目に留まったんだよ。アルファ・ビルヂングはなかなか魅力に溢れた外観をしているだろう。そうは思わないかい」
「他にはなかなかない物件だというのは認めますが、どうして向かいのマンションの一室まで借りたのですか」
「勇理くんは不思議なことを言うな。以前のワヤン・クリでも、店と住まいは別にしていたのを君も知っているだろう」
「契約書を見てしまったんです。契約はあちらのほうが早かった。あの部屋からなら、アルファ・ビルヂングの住人の出入りをすべて見張ることができると思いませんか」
「まるでオカルト研究者から探偵業に鞍替えでもしたような口ぶりだね。ときどきそういうこともやっているんだったっけ」
玄河は笑いながら言って、今日の日替わりカレーを勇理と流星の前に置いた。
「ええ、まあ……」
勇理は大のオカルト好きで、オカルト研究会で有名な名門成北高校で部長を務めていた。現在も大学のオカルト研究会に所属している。
在多勇理といえば、オカルト界では名の知られた存在であり、多数存在という名で活動しているSNSには、真偽不明な情報が数多く集まってくる。中には謎めいた事件を調べて欲しいという依頼も来るため、流星とともに調査に向かうこともあるらしい。
「冷めないうちにどうぞ。今日は北タイのゲーンハンレーというカレーだよ。ハンレー粉につけこんだ豚を、タマリンドやショウガなんかと煮込んであるんだ」
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