ワヤン・クリ1

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「ありがとうございます。これタイカレーなのに、ココナッツミルクが入っていないんですね」  勇理はスプーンで掬ったカレーの匂いをクンと嗅いでから言った。 「北タイと言っても、ミャンマーの料理が元になっているらしくてね。東北タイの料理に比べると、甘味が強いのが特徴なんだよ」 「ああ、たしかに辛くないですね。煮込み料理のようです」  一口ひとくち味わって食べている勇理の横で、流星は無言のままガツガツと掻き込んでいる。 「探偵のつもりはありませんが、マスターが僕と流星にコウモリの件を調べて欲しいと言ったのには、何か別の理由があるのではないかと思ったんです」  勇理はスプーンを手に持ったまま、玄河の表情を窺うように話している。 「オカルト好きな僕なら当然吸血鬼の可能性についても考えるだろうと、マスターなら想像がついたでしょうし、わざとらしくその本を見えるところに置いたのにも、意味があるのではないかなと思いまして」 「そうかな。吸血コウモリといえば、誰でも吸血鬼の存在が頭に浮かぶんじゃないかと思うがね。勇理くんは僕が吸血鬼を調べるために、ワヤン・クリの移転先をここに選んだと考えているようだが、コウモリの話をしてくれたのは君だったのでは」  たしかに、と勇理は頷く。 「マスターがワヤン・クリの移転先が決まったとおっしゃった際、僕からチスイコウモリの話をしました。順序がおかしいのはわかっていますが、情報提供者は匿名でしたし、そもそも提供してきたのがマスターだったということも考えられなくはないですよね」 「そこを疑われると反論のしょうがないが、私が情報提供者だという証拠もないだろう」  どうだい、というように玄河は片眉をあげた。 「吸血鬼だと言われた歴史上の人物のほとんどは、現在ではただの人間だと説明がつきます。それに、その本が吸血鬼伝説は俗伝に過ぎないという内容だと、僕は知っています」  玄河は黙って、洗いものの続きをしている。 「民俗学の研究者だったマスターは、オカルト的な観点のみに頼って考察するのを嫌います。普段なら僕が吸血鬼の可能性を口にすれば、別の可能性を必ず示しますと思います。それなのに、今回はまるで吸血鬼の存在を疑わないようなスタンスをとっている」
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