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夏休みに入った春奈は自室でエアコンに当たりながら宿題に追われていた。
ペットボトルのお茶を飲みながら、しかし考えてしまうのは賢人の事だ。
想いが通じ合った二人は幸せな日々を送っていた。
もちろん公に出来る関係ではないのだが。
今のところは誰にもバレることなく逢瀬を重ねている。
そんな時だった。
春奈のスマートフォンが着信を告げる。
画面を見ると相手は賢人だった。
丁度賢人の事を考えていた時に電話がかかってくるなんて、と少し嬉しくなる。
「もしもし?」
『春奈?今大丈夫か?』
「うん」
『親父が倒れた』
「えっ?」
予想もしない用件に春奈はポカンとしてしまう。
『うちの実家、自営でさ。しばらく実家の仕事を代わりに切り盛りしてやんなきゃいけなくなった』
「賢人さんの実家って、どこなの?」
『東京』
「えっ…」
春奈たちが住んでいるのは北海道の坂と運河が有名な長閑な街で、東京なんて春奈には遥か遠くの異国に感じられた。
賢人が東京に行ってしまうなんて…
『春奈?春奈?』
無言になってしまった春奈を心配して賢人が呼びかけてくる。
「どれくらい?」
『わかんねぇけど…最低でも1~2年はかかると思う』
「そんな…塾は?塾はどうするの?」
『塾はさっき辞表出してきた』
「そんな…」
もう塾に行っても賢人に会えない…
そう思うと春奈の瞳から涙がこぼれてくる。
『泣くなよ、春奈。わかってくれ』
「わかってくれって何?別れるの?」
『そんなこと言ってねぇだろ』
「私も一緒に東京に行く!」
春奈が叫ぶようにそう言う。
『駄目だ』
賢人の声が驚くほど冷たくて春奈の瞳から涙が止まらない。
「なんでっ」
『お前はちゃんと高校を卒業して大学へ行け』
「そんな時だけ先生ぶるんだ」
『とにかく、今日急に決まった話だから。詳しいことはまた連絡する』
そう言って電話が切れた。
春奈はしばらく呆然としていた。
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