6.「転生者は、新たな聖女です!」

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6.「転生者は、新たな聖女です!」

「だから、その……きちんと顔を見て謝罪させてはくれないだろうか」 「む、むりぃっ……」 「な、なぜ泣いている!?どこか痛むのか!?」 「うぐぅっ!ふ、布団剥がそうとしないで……!ちょ、馬鹿力っ……!」 「君もな!くそっ、聖女のくせに往生際が悪いぞ!」 「聖女関係ないじゃない!さてはあんた、恋人いたことないでしょ!ぜんっぜん紳士じゃないもの!」 「それこそ君に関係ないだろう!」 「ぎゃっ!」  抵抗虚しく布団を剥ぎ取られ、夏の夜に響くカエルの発声のような悲鳴が上がる。色気も何もあったもんじゃない。  泣き顔もすっぴんも見られたくなくて咄嗟に顔を両手で覆うが、無慈悲にも男の力で両手をシーツに縫いつけられて照明の下に情けない顔を晒す羽目になった。ど、どうしてこんな目に……。  すると、両手を押さえつけるためにシャルルがベッドに片膝を着いた時の『ギシッ……』という妙に生々しい軋み音に二人ともギクリと身体を硬直させた。発熱で顔を赤らめ涙の膜を張った瞳が照明の影になる男の顔を見上げる。しかもお互い薄着だ。ようやく危険な状況になっていることに気づき、二人とも気まずそうに顔を反らした。 「何してるんだろうね、私たち」 「知らん。貴女が変な意地を張るからじゃないか?」 「人のせいにしてないで早くどいてよ、スケベ騎士」 「……すまない」  仮にも成人した男女の行動と会話が伴わないシチュエーションがこれ以上発展しないように、シャルルはゆっくりとベッドから足を降ろして両手の拘束を解いた。気恥ずかしそうにしているミーシャを見ていられず、再び布団をかけてやる。  年上の女性、しかも病人相手に本当に何してるんだろう、自分らしくない。鼻先まで深く布団を被ってちらりとこちらを見上げる黄土色の瞳と目が合って、黒髪がわずかにかかる耳を赤く染めた。 「そ、そう言えば、夕方に言ってたカフェではいつも何を飲むんだ?」 「えぇ……?カプチーノだけど……」 「じゃあ明日買ってきてやるから、それを飲んでゆっくり休むといい」 「休む……?え、ポーション作りは?」 「セドリック様には俺から言っておくから、気にせず寝とけ。まだ護衛騎士になって二週間目だが、貴女は働き過ぎだ。聖女に過労死されたら国が立ち行かなくなるだろうが」  ミーシャは思わずそれまでの経緯を忘れて素直に感動した。その言葉をそっくりそのまま王子の耳にぎゅうぎゅうに詰めて来てほしい。  休み。何という甘美な響きだろうか!急に体が軽くなった気がする。本も読みたいし田舎の家族に久々に手紙も書きたい。あとは裏庭に咲いたユリを摘んで、この前ハルが差し入れてくれた焼き菓子を食べよう。  突然天から降ってきた休日にあからさまに目を輝かせたミーシャを見て、シャルルは思わず口元を綻ばせた。まるで無垢な少女のようではないか。実際は二十九歳独身女だが。 「ねぇシャルル……」 「なんだ」 「あ、ありがと……色々と」  ギュンッ。 (ギュン……?)  胸の一番奥から何かが直情するような『ギュンッ』なる新感覚を体験したシャルルは「あ、ああ……」などと気の抜けた返事をするので精一杯だった。恥ずかしそうに布団を引き寄せるミーシャの顔が赤いのも目が潤んでいるのも熱のせいだし、不思議と幼く見えるのは普段は厚化粧に隠れて見えないそばかすのせいだ。けして自分の目がおかしくなったせいじゃない。  安心して再び眠りについたミーシャに代わり、悶々としたものを抱えたシャルルは朝まで目をギンギンに冴え渡らせていた。その日は妙に長い夜だった。 * * * * * 「書類の確認?それは聖女ではなく事務長の仕事だろう」 「マルク商会からの納品催促だと?所長に対応させろ、こっちは特注ポーション作りで忙しいんだ」 「砦の魔物討伐は守衛の役割だろうが!いちいち聖女を呼びつけるな!」 「プギージュニアの管理はどうなっている!?なんでこんな頻繁に脱走するんだ!!うわ、噛むな!舐めるな!!」  最近、ラボの中が賑やかだ。主に聖女の護衛騎士の怒号で。  その様子をコーヒーを飲みながら遠くで眺めるミーシャとハル。 「元気ねぇ、ミーシャの護衛騎士くん」 「ねー。急にどうしたんだろうねぇ」 「でもミーシャの好みが年下ワンコ系だとは知らなかったわ」 「えーっ、違うってば!年上しか無理!私は甘やかしてもらいたいの!憧れは幼な妻よ!」 「二十九歳にはちと厳しいわね……」 「是非もなし……」  平和だ。シャルルの働きにより聖女の労働環境が著しく改善され、残業が減って夜の十時にはベッドに入れる生活になり肌艶も良い。睡眠の質が改善されたおかげで免疫力も上がり、長年悩まされていた万年風邪のような症状も収まった。しかも納品数を百五十個から百個にするようセドリック王子と交渉してくれたことで、魔力切れで気絶して寝落ちすることもない。護衛騎士というよりは芸能人のマネージャーみたいだなとハルは思った。  もしやこれがパラティンが用意したミーシャの物語なのだろうか。『虐げられた聖女は年下ワンコ系騎士に溺愛される』的な。そうだといいなと密かに思いながら、ゆるりとした昼休みの時間を過ごした。 「聖女ミーシャ、昼休みは終わりだぞ!今日も残業しないで定時で帰るんだからな!……くっ、誰かプギージュニアを迎えに来い!おいっ!!」  なぜだか脱走したプギージュニア十三匹にモテモテなシャルルは、ラボの床に無様に仰向けになり顔中をべろべろに舐め回されながら地団太を踏んだ。探し回っていた新人研究員が怒号を聞きつけて慌てて回収していく。  涎塗れになったシャルルをおしぼりで拭いてあげていると、神殿勤務の初老の神官が「ミーシャ聖女はおられるか!?」と大声を上げながらドタバタとラボに入ってきた。昼の御祈りの時間なのに珍しい。  ゼェゼェと息を切らしながら現れた神官は普段の運動不足が祟って足が攣ったらしく、その場で転げまわりながら悶絶した。 「神官殿、急ぎでなければ時間を改めてくれないか?聖女はこれから国命のポーション作りを、」 「ワシがこんなになってるのに急ぎじゃないわけないだろうが馬鹿者ォ!ついさっき、神殿に転生者が現れたんじゃ!」  「転生者ですか?それなら特段珍しくないんじゃ……」  神官が足を攣るほどの急用にミーシャが首を傾げる。この世界には一週間に一回くらいの頻度で転生者が現れる。皆それぞれスキルやステータスが高い場合が多いが、国の専門機関が転生者一人一人を登録・管理しているので大きな問題はないはずだ。 「それが……パラティンの聖痕(スティグマ)を持っているのです……!」 「え……?」 「転生者は、新たな聖女です!」  広いラボに神官の切羽詰まった大声が響いた。  この報告が、今後のミーシャの物語を大きく変えることになる。
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