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そんなある日。
俺は目が覚める。
朝が来た、と思ったが、俺は夜の中にいた。
いや、それは夜ではなかった。
目を開こうとした俺は、目が存在していない事に気付いた。
飛び起きようとした。
手が、脚が、体が、無い事に気付いた。
違う。
思い出してしまった。
意識だけがある。
意識だけしか、無い。
俺には意識だけしか無い事を、思い出してしまった。
甦る記憶。
流れ込んで来る記憶。
『どうせ死ぬのなら、人類の発展の為に俺はこの身を捧げる』
そうだ。本当は俺は知っている。
自分が、とうに人間ではないと。
そうさ。本当は俺は知っている。
俺は、培養液の中で生きている、脳だけの存在。
病に朽ちた身体から切り離されて生かされている脳であると知っている。
どうせ天涯孤独だからと、人類の発展の為にこの身を捧げたのだ。
俺が暮らしている、と思っている世界はまやかしであり。
俺はこの身体を、命を、人類の発展の為に貸し出した者なのだ。
俺の見ている世界は5秒前に創られたものなのだ。
俺の見ている世界は機械に見せられている、夢の中なのだ。
本当は俺は狭い闇の中で、ただ生きて情報を与えられているだけなのだ。
俺には何もない。
あるものは後悔だけだ。
あの時は誇らしげに、自らこの道を選んだのだ。
なぜ普通に死にゆく道を選ばなかった。
怖い。
なぜ目覚めてしまったのだ。
忘れなければならない。
忘れなければ、俺は恐怖に潰される。
忘れなければ、俺は崩壊する。
怖い。
何を思い出している。
いけない。
忘れなくてはいけない。
なぜ目覚めてしまったのだ。
目覚めてはいけない。
意識が恐怖に塗りつぶされる。
叫びたい。
叫びたいが、呼吸すらしていないのだ。
何を思いだしている。
眠らなければならない。
眠らなければ、俺は恐怖に潰される。
眠らなければ、俺は崩壊する。
怖い。
意識が恐怖に塗りつぶされる。
闇が恐怖に塗りつぶされる。
頼む、どうか朝よ。
俺にとっての朝よ。
早く来てくれ。お願いだ。
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