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俺はその日、とある難題に出会った。 エブリスタ公式コンテストの『三行から参加できる超・妄想コンテスト』、そのお題である『ドキドキの理由』だ。 それを目にした瞬間、振り払いようのない疑問が脳裏を陣取った。 「何故、ドキドキなんだ……」 ドキドキの理由。そう言うお題が出された訳だが、一体全体どうしてドキドキなんだろうか? 別に『ワクワク』でも、『キュンキュン』でも、『フワフワ』でも何でもいいはずなのに。だが運営は敢えてなのか分からないが、ドキドキという単語を選択した。 それは一体何故なんだ。その難題は私の頭へ無数の疑問符を送り込んだ。疑問符軍団の襲来だ。 それから私は来る日も来る日も、その疑問と真正面から向き合った。どうしてドキドキなんだ……。他の感情を差し置いてどうしてそれを選んだのか。 だがいくら考え頭を悩ませても答えは見つからない。まるで暗闇の中を光無しで進むように意図は見つからなかった。その候補さえも。書いては消し、描いては消し。本業のタピオカ屋さえもままならない。 「くそっ! 運営め。こうなると分かっていてこんなお題を出したのか……」 私は拳を軋むほどに握り締めた。ここ数年。この難題が頭を埋め尽くし、私は部屋にほとんど籠りっきり。仕事と部屋との行き来で妻ともろくに話が出来ていない。 どうしてドキドキなんだ。『へとへと』でも、『イライラ』でも、『ビクビク』でも、何でもいいはずなのに……。 もはやこの所為で小説すら全て休載中だ。 これを決めた担当者は丁度、恋でもしたのか? 余程、興奮する状況に出会ったのか? それとも他の何かなのか? ただの仮設だけが頭を巡り廻る。 そんなある日、私は夕食中に妻に思い切って相談してみた。このコラッツ予想のように難題についてなにか新たな視点から助言をくれるのではないかと期待して。 「適当でしょ」 その言葉には、言葉さえ出なかった。適当。取り分け理由は無い。 その瞬間、私は脳のニューロンやら何やらが激しく活性化するのを感じた。 「そうだ……」 気が付けば呟いていた。 「理由なんてないんだ」 「いや、そうでしょ」 私はその瞬間、分かってしまった。理由なんて無いんだ。これを決めた人間は特に自分の経験に影響された訳でもなく、何か特別な理由がある訳でもない。 それは最初から答えが出ていたのだ。別に『ドキドキ』じゃなくてもいい。それが答えだった。 別にそれじゃなくてもいい。裏を返せば『ドキドキ』でもいい。『ドキドキ』という感情に特段、意味が無いように――他と同等であるように、別に『ドキドキ』でもいいのだ。 「強いて言うなら恋とか恐怖とか興奮とか色々と広がりがあるからでしょ。というかアンタずっとそんなくだらない事、考えてたわけ?」 「あぁ。でもこれも君のお陰で終わったよ。ありがとう。愛してるよ」 私は数年を要し、やっとこの難題に決着をつける事が出来た。 「他の何かでもいいなら。別にドキドキでもいいんだ。理由なんて無い」 この瞬間、私は大人げなく泪を零しながら長きに渡る戦いの幕を閉じた。
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