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週の半ばである水曜日。
勤め人の大半がそうであるように、遠い週末までの時間を憂える夫の顔色は冴えず。
「行きたくない……」
「え?」
「会社、行きたくない」
「そんな、子どもみたいなことを言って……」
ベッドの中から気だるげに駄々をこねる夫の傍らで、聞き慣れた電子音が「ピコン」と鳴る。
「鳴ったよ?」
「うん……」
チカチカとライトを点滅させ、夫のスマートフォンは律儀にメッセージの着信を知らせ続ける。
「取らないの?」
「……」
「じゃあ、あなたのケータイから欠勤の連絡を入れるわね」
私が手を伸ばすより早く、夫は自身の胸元へスマートフォンを引き込んだ。
「子どもじゃあるまいし、それくらい自分で出来る」
「そう……」
布団の中で、しばし画面とにらめっこをしていた夫は唐突に飛び起きる。
「やっぱり、行ってくる」
「どこへ?」
「仕事に決まってるじゃないか。急きょ、得意先を訪問することになった」
「そう……行ってらっしゃい、気をつけて」
さっきまでの絶望的な表情は、どこへやら。鼻歌交じりに身支度を始めた夫に背を向け、知らぬ振りを決めたけれど。
━━残念。両裸眼2.0の私には見えてしまったの。
『そろそろ、お手当てに来ませんか』
メッセージの送り主は、ある意味得意先かもしれないが。夫の行く先は、仕事絡みなんかじゃない。
『お疲れの様子が見受けられます。ご訪問をお待ちしております』
『気心』だか『真心』だか知らないけれど。
送り主の名は【泉水】。
セラピストを名乗り怪しげな施術で人心を操る彼女は、私の夫・正隆の……水曜日の愛人だ。
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