episode 03 泉水【水曜日】

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 週の半ばである水曜日。  勤め人の大半がそうであるように、遠い週末までの時間を憂える夫の顔色は冴えず。 「行きたくない……」 「え?」 「会社、行きたくない」 「そんな、子どもみたいなことを言って……」  ベッドの中から気だるげに駄々をこねる夫の傍らで、聞き慣れた電子音が「ピコン」と鳴る。 「鳴ったよ?」 「うん……」  チカチカとライトを点滅させ、夫のスマートフォンは律儀にメッセージの着信を知らせ続ける。 「取らないの?」 「……」 「じゃあ、あなたのケータイから欠勤の連絡を入れるわね」  私が手を伸ばすより早く、夫は自身の胸元へスマートフォンを引き込んだ。 「子どもじゃあるまいし、それくらい自分で出来る」 「そう……」  布団の中で、しばし画面とにらめっこをしていた夫は唐突に飛び起きる。 「やっぱり、行ってくる」 「どこへ?」 「仕事に決まってるじゃないか。急きょ、得意先を訪問することになった」 「そう……行ってらっしゃい、気をつけて」  さっきまでの絶望的な表情は、どこへやら。鼻歌交じりに身支度を始めた夫に背を向け、知らぬ振りを決めたけれど。 ━━残念。両裸眼2.0の私には見えてしまったの。 『そろそろ、お手当てに来ませんか』  メッセージの送り主は、ある意味得意先かもしれないが。夫の行く先は、仕事絡みなんかじゃない。 『お疲れの様子が見受けられます。ご訪問をお待ちしております』 『気心(キゴコロ)』だか『真心(マゴコロ)』だか知らないけれど。  送り主の名は【泉水(いずみ)】。  セラピストを名乗り怪しげな施術で人心を操る彼女は、私の夫・正隆の……水曜日の愛人だ。
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