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「できたみたいなの」
膳の用意されたダイニングテーブルで、席に着いた正隆の真向かいに座るなり妻が口を開く。
「できたって……何が?」
今日は魚の他にメインのおかずでも出てくるのかと、正隆は思わずキッチンを見やる。
きれいに片付いたそこからは当然、何も出てこない。首を傾げながら味噌汁をすする正隆を真っ直ぐに見据え、妻は告げた。
「子ども」
汁をかき回す箸が止まる。
「え?」
「できたのよ、子どもが」
恐る恐る見上げた妻の口元は、見事に口角が上がっていた。
「そうなんだ……」
入籍から四年目に入る頃、妻は一度だけ身ごもった。当然、正隆は喜んだ。けれど━━。
『堕胎したいの』
当時、妻の決意は固く。
話し合いもままならず、正隆が折れる形で中絶をした。
あの時の胎児が生きていたならば、ランドセルを背負う年頃になっていただろう。
それ以来、妻には一度も妊娠の兆候などなかったのに。
「それは……おめでとう」
「なあに、他人事みたい」
確かに、他人事ではない。けれど、何と答えることが妻にとっての正解なのだろう。
考えあぐねながら噛み締めた卵焼きは、そんなに甘くない気がした。
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