10人が本棚に入れています
本棚に追加
菜緒の勢いに向井は驚いた。菜緒が立候補したことに対してではなく、発せられた言葉のトーンの強さと怒りが感じられたからだ。他の生徒たちもあまり目立つタイプではない菜緒が怒りにも似た雰囲気をまとっていることに驚いている。そんな中、愛華だけは少し嬉しそうな表情をしていた。
「いいのか?間宮」
「はい。正直やりたくはなかったんですけど……男子みたいにモヤモヤっとした決め方は嫌だったんで。蓮見くんはどう感じたか分からないですけど、少なくともわたしはあんな推薦のされ方腹立ちます」
菜緒の言葉を聞いて、それまで満足げに笑みを浮かべていた匠は眉をひそめた。向井は菜緒の表情と匠の表情の両方が見えている。その2人の表情に戸惑いながらも、何とかこの場を穏便に済まそうと無理に笑顔を作って菜緒に言葉をかけた。
「そうか……じゃあ、女子は間宮にお願いするな」
他の生徒たちもどことなく気まずさを感じつつも引き受けてくれた菜緒に感謝の気持ちを込めて拍手をしたが。匠だけはムスッとした顔で拍手をせずに菜緒の方を見ていた。菜緒はクラス全体に軽くお辞儀をする。
無事に実行委員が決まってホームルームが終わり、皆が一斉に帰り支度を始めてクラスは一気ににぎやかになった。そんな中、菜緒は淳人の席に向かった。そんな菜緒の様子を横目でチラリと見て、匠は教室から出た。
「蓮見くん」
「あ、よろしくね」
菜緒に声を掛けられた淳人はさらりと言った。
「こちらこそ……」
そう言った後、気まずそうに下を向く菜緒を淳人は不思議そうに見ている。菜緒は先ほどの自分の行動を思い返して反省していた。
「……ちょっと感情的になっちゃったなって……」
菜緒の言葉を聞いて、淳人は納得したように頷いた。
「確かに」
冷静な淳人の言葉に、菜緒はショックを受けながら「やっぱりか」と落ち込む。
「でも、良かったよ」
「え?」
「女子の実行委員が間宮さんで」
思いもよらぬ淳人からの言葉に菜緒は戸惑った。そんな菜緒の様子を見ながら淳人は言葉を続ける。
「他の女子とまともに話したことないから」
「え、でもわたしともまだそんなに……」
その言葉を聞いて淳人は「そうだよね」と頷いた。そして小さく続ける。
「……覚えてないよね」
「え……」
「じゃ、俺部活行かないと。……とにかくよろしくね」
菜緒は淳人が小さく発した言葉の意味を尋ねようとしたが、淳人はそそくさと支度をしてそのまま教室から去ってしまった。菜緒はそんな淳人の後ろ姿に向かって「うん、よろしく」と返事をすることしかできなかった。
――あの言葉の意味ってもしかして……
ふとある期待がよぎったが、ほぼ確信に近づいてはいるものの、きちんと確認できるまでは勘違いしたくなかったので、菜緒はその期待をすぐに消し去った。
最初のコメントを投稿しよう!