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「蓮見」と呼ばれたその人物は、少し辺りを見回してから正紀に気がつき、こちらへと向かってきた。
背が高くスラっとした体型だが、程よく筋肉がついていて逞しさが感じられる。愛想よく笑顔を振りまく正紀とは対照的に表情は変わらずクールな印象だ。菜緒は近づいてくるその人物の姿を見てハッとする。
――あれ、この人……
自分の記憶の中に「蓮見」と呼ばれたその人物がいるような気がした。
「蓮見、何組だった?」
「俺、A組」
「マジか。じゃあ、菜緒と一緒じゃん。あ、こいつ、俺の幼なじみの間宮菜緒」
正紀は嬉しそうに菜緒のことを紹介した。自分の記憶を必死に辿っていて心ここに在らずだった菜緒は少し慌てて自己紹介をする。
「あ、えっと、はじめまして。間宮菜緒です」
「で、こいつは蓮見淳人」
「蓮見です……よろしく」
淳人は表情一つ変えずに軽くお辞儀をする。
「こいつも野球部なんだよ。ピッチャーやってるんだ」
――ピッチャー……やっぱり……
正紀の言葉を聞いて菜緒は「きっとそうだ」と思いつつも、記憶の中にいる人物と目の前の淳人の印象があまりにも違っていた少し戸惑っていた。
――こんなに表情が変わらない人だったかな?
目の前にいる淳人は"ポーカーフェイス"という言葉がピッタリな無表情な男子だった。そして、周りとの間に見えない壁を作っているような印象も受けた。菜緒の記憶の中にいる淳人であろう人物は、もっと表情豊かでどんな人も受け入れてくれるような雰囲気を持っていた。
――やっぱり人違いなのかな。
菜緒がぼんやりとそんなことを思っていると、新入生は入学式の会場である体育館へ来るようにと促す放送が流れた。
「よし、行くか」
正紀の声に菜緒と淳人も頷き、3人は体育館へと向かった。体育館へ向かう最中は正紀が中心となって話していて、入学式でも淳人とは席が遠く、菜緒は淳人と話すチャンスはないままだった。
結局、菜緒と淳人は挨拶を交わしただけで、菜緒が自分の記憶について確認することはできなかった。なんだかモヤモヤした気持ちを抱えたまま、菜緒は入学式の1日を終えた。そして、そのモヤモヤはしばらく続くことになる。
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