第3話 あの日のこと

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それは中学1年生の夏のこと。 ある日曜日、菜緒はいつものように図書館にいた。その日は天気が良かったので、外のベンチで読書をしていた。芝生の方には元気に遊ぶ子供たちや運動をする大人たちがたくさんいて、にぎやかな声が響き渡っている。そんな声をBGM代わりにしながら本を読むのが好きだった。 一冊の本を読み終えてふと芝生の方に目をやったとき、1人の少年の姿が目に入った。背はそんなに高くないがスラリとした体型だった。おそらく自分と同じ歳くらいだろう。 その少年は野球のグローブを右手に付けて左手にボールを持ち、ひとつひとつの動作を確認するかのように投げる動作を繰り返している。1人で来ているようで、誰かとキャッチボールをしているわけではなく、ボールは投げずにひたすらピッチングフォームの確認を繰り返していた。 正紀が野球をやっているので、野球の知識はある程度持っているものの専門的なことは分からない。だけど、その少年のピッチングフォームが美しいということだけは分かった。菜緒はしばらく見惚れてしまっていた。 少年は何度かフォームの確認を繰り返すと道具を片付け始めて軽いストレッチをした後、ランニングを始めた。菜緒はふと我に返って時計を見た。 「あ、そろそろ帰ろう」 少年に気が付かれたわけではないが、思わず見つめ続けてしまっていた自分が恥ずかしくなり、慌てて帰り支度を始めて自転車小屋へと向かった。 「え、ウソ、最悪……」 自分の自転車を見て菜緒は固まった。明らかに後ろのタイヤがパンクしているのだ。これじゃ帰れないと思い、親に迎えに来てもらおうとスマホを探すが、どこにもない。どこかに落としたのかと思ったが、今朝充電器に差したっきりだったことを思い出す。愕然とした菜緒は大きなため息をついて自転車の側にしゃがみ込んだ。 「押して帰るしかないか……」 菜緒は諦めて自転車を押して帰ることにした。押し始めてみると思った以上に重い。数メートル進んだだけで疲れてしまった。一体、家までどのくらいかかるんだろうと絶望的な気持ちになっていると、「どうしたの?」と後ろから声がした。
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