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そう言う男は、部屋着であろう薄いシャツにマフラーを巻いている。マフラーを巻いてさえいれば寒さを防げるとでも思っているのだろうか。首を引っ込め、両腕で自分を抱きしめるように肩を擦る男は、情けないことこの上ない。
「ジーノこそ、どうしてここに?」
誰もいないと思っていた特等席に先客がいたことを、ルーチェは少し残念に思った。
「雪って綺麗だろ。だからきっと海も綺麗だろうと思ってさぁ」
見に来てみたってわけ。震える胸を張ってそう言う男の言葉に、ルーチェはあまり共感できなかった。
海風に混じって、ふわりと薬草の匂いがする。ジーノはルーチェと同じ、街の薬屋に努めている。店の薬草の匂いが移ったのであろうそれは、ジーノから漂ってきたのか、自分から漂ってきたのか分からなかった。
「こんなに寒いとは思わなかったけど、来てよかったな」
ジーノはそう言って少年のように笑った。「ルーチェに会えた」
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