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ホームルームが少し長引いてしまって、部活の時間が迫っている。あたしは部室へとダッシュした。
「はーい。今日は、一年生もコート入って。ペア作って乱打ねー」
キャプテンが大声でそう告げた。
あたしはテニス部なのだけれど、普段の一年生は、部活の始まりに代々の先輩が残して行ったボロボロのラケットを借りて、スイングとスタンスの練習をする。その後は、ずっと球拾いに徹するだけなのだ。
だからみんな顔を見合わせ、嬉しそうに乱打相手のペアを組んでいった。
コートには、一度に三組入るのだけど、まだそんなに慣れてない一年生なので、やはりボールは上手く飛んで行かないものだ。その内、あっちの相手にこっちのボールが、そっちの相手にどこかのボールが飛んで行くという事態になり、結局はグダグダになって終了の時間を迎えた。
「「ありがとう御座いました」」
全員で挨拶をして、先輩方は三々五々部室へと引きあげて行く。
一年生は手分けして、ボール集め、簡単なコート整備をしてから引きあげる。それでも今日は「楽しかったね」とか「ボール、変な方飛んでっちゃった」とか、さすがにみんな笑顔に溢れていた。
あたしも、疲れはしたものの本当に楽しかった。
「ただいまぁ」
大きな声でそう言いながら玄関のドアを開けると、何やらいい匂いが漂って来た。
「お帰りなさい」
とママの声がする。
そのままキッチンへ入ると、大きなおナベで何かをグッグッと煮込んでいる。もうだいぶいい陽気になって来ているのに ――今更シチューは、ないんじゃないのかなぁ、でも、好きだけど―― なんて考えながら、おナベを覗き込もうとした。
「こら、何やってんの? パパ帰って来たらご飯だから、先に着替えて手を洗ってらっしゃい」
ママはそう言ったけど。
おナベの中身が気になって、あたしが振り返り振り返り歩いていたら、それに気付いたママが、
「今日は、芽衣の好きな煮込みハンバーグゥ」
と、何かのセリフのような言い回しで、お玉を振りかざしながら言った。
あたしはそれが可笑しくて、嬉しくて、
「はーい、さっさと着替えてきまーす」
と、足取りも軽やかに、二階にある自分の部屋へと階段を上がって行った。
夕飯も食べ終わり、お風呂も上がって、部屋でケイちゃんとラインをしてた。
そしたら、階段の下から、
「あんまり遅くまで起きてると、朝、起きられないよ」
と、パパが声を掛けて来た。
部屋の明かりが漏れていたのだろう。
あたしは、わざわざ部屋から出て、階段下にいるパパの顔を見ながら、
「うん、もう寝るよ。お休みなさい」
と言った。
「はい、お休み」
パパも笑顔でそう返してくれた。
あたしは、まだ眠たくなかったけど、取り敢えずベッドに入いる。
何となく、今日の事を思い返す。
――朝、髪の毛のハネこそ直らなかったものの、何だか一日中楽しかった
なぁ。特別な事が起こらなくても、いつもと変わらない毎日はこんなに
も楽しい。
当たり前に来る明日が、普通にまた楽しいといいな……
あぁやっぱり、眠たく……なってきちゃったなぁ……
……目を閉じたく……ないなぁ……
でも……朝が来るのは……当たり前の事だから……
……お休みなさい…………あ・り・が・と・う……――
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