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01|知らない世界
彼と出会ったのは、二月の半ばだった。
ミルクガラスみたいに白く冷たかった空の色が少しずつ濃くなり、薄く弱かった日差しにわずかな力強さを感じるようになってきた頃だ。
職場である住宅展示場の向かいに建つ雑居ビル、一階にあるコンビニエンスストア。そこで起きた出会いに、確かなインパクトを付け加えてしまったのはわたしのほうだった。
同僚である香坂さんと、飲み物を買いに出てきていた。
季節限定のチルド飲料が目当てで、彼女はSNSで話題になっていたというそれを数日間探し回っていたらしい。今日も、出勤時に自宅近所と駅前のコンビニへ寄って来たという。
「本当に、どこ見てもないんですよ。悔しくって――」
若干頬をふくらませて彼女が言った。
選んだ言葉の割には言い方が楽しそうだ、と思う。
香坂さんは、去年うちの展示場に配属されたばかりの子だ。伸ばしてあかるくした髪をクリップできれいにまとめて、規則ぎりぎりまで伸ばした爪にジェル風のベージュピンク色をしたネイルシールを貼っている。
「あんまりないから、逆に燃えてきちゃって」
にぎやかに、彼女は続ける。うんうん、とわたしは頷き続ける。あまりコミュニケーションが上手ではないわたしにとって、彼女の途切れない話は実はありがたいものだったりする。
香坂さんから『バズり』の説明を聞きながら、コンビニの自動ドアに踏み出した。左右にひらいたその向こうから、温風に混ざったいつもの匂いが漂ってくる。
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