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「先、外出てますね」
空いているレジでもう会計を済ませたらしい。コーヒーマシンの前に立つわたしに声をかけ、香坂さんは落ち着いた様子で店外へと出ていった。
要領がいい感じの子なのだ。わたしのように、もたもたしたりそそっかしく何かをやらかすタイプじゃない。
彼女に追いつくために、わたしも満たされたカップをマシンから取り出してその場を離れた。
「お待たせ」
そう言いながらも、つい手にしていた紙カップが気になってしまう。
カップの上部にできた隙間から、不自然な湯気がもれていた。
わたしが使っているあいだに、コーヒーマシンの後ろに急いた感じの男性客が並んだのだ。後ろから何とも言えない苛立ったような圧を感じて、しっかりと蓋をセットし終わらないまま出てきてしまっていた。
「あ、信号そろそろ変わりますよ」
わたし達の勤務する住宅展示場は、通りを渡ったむこう側にある。
四車線をまたぐ横断歩道を渡って、さらに花壇の中にある従業員専用の長い階段を上る必要がある。信号の待ち時間を考えれば、できれば次の青で渡りたい。
「ちょっと待って、蓋ちゃんと閉められなかった」
先に前に出た香坂さんにそう声をかけたものの、ゆっくりと立ち止まる時間はもうなさそうだ。
落ち着かない気分で足を踏み出した瞬間、それは起きた。
「――蒼野さん、横!」
香坂さんがはっとしたような声で、鋭く叫んだ。
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