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01|インパクト
そういう店があるわけでもないのに、小雨の降る路地裏に漂っていたのはプーアル茶の匂いだった。
荷物持ちとして出かけた市場の試飲で、一度だけ本場のものを飲んでみたことがある。鼻腔の奥にひっかかるような、独特の発酵臭だ。身体が受け付けなくて、何とも言えない気分で紙コップを返したのを覚えている。
雨粒のはねる小さな音が、頭上で鳴り続いている。
いつも利用している私鉄の、初めての駅に降り立ってから十五分ほどが経過していた。
人気のない高架下を、どこかぼうっとしたような気持ちで歩いているところだった。
再び足を進めた先で、古くからあるのだろう簡易郵便局を見つけた。そのまま、角を右に曲がる。
大きくひらけていたような街並みが、突然収縮したような気がした。一歩踏み入れたところから、戸建ての公営住宅や煙草屋、定食屋なんかが押し込まれた細い路地裏が遠くまで続いていた。
漂ってくる匂いを遮断するように鼻の頭を擦ってから、握っていたメモをもう一度ひらいてみる。
少し前に、偶然街で会った従兄がその場で書いて渡してきたものだ。殴り書きのそれをもう一度確認する。道の広さも長さもまるで正確じゃない下手な地図の隅に、彼が新しく始める店の名前である『ギャラリー只野(予定)』と押し込まれたように記されていた。
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