笑わないCA

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 昨日までの愚図ついた天気とは変わり、空は雲一つなく晴れていた。  待ち合わせ時刻十分前に待ち合わせ場所に向かうと、既に誠人は待ち合わせ場所にいた。  「それじゃ行くか」  行き先も告げず、誠人は歩き始めた。朱里は慌てて誠人の後を追う。 改札を抜け、来た電車に乗り込む。平日のこの時間のせいか、人はあまり乗っていない。 「そう言えば、今日はどこに行くの?」 「ここ」  誠人がスマホで見せた水族館は、電車で十分ほど先にあるところだった。 「好きなの?」 「ペンギンとか、かわいくないか? 海の中なのに空を飛んでいるみたいで」  いつもの話し方と違った可愛らしい女子のような誠人の言葉に、朱里は目を見張る。 「そ、そういえば、荒川はなんでCAになりたかったの?」  急な話の流れが変わったことに嫌な顔もせず、誠人はスマホを見ながら答える。 「高校の修学旅行で飛行機に乗ったことがきっかけ。落ち着かない高校生たちがいても、嫌な顔せずに、完璧なサービスを提供する。あの姿勢に憧れたね」 「それがCAの仕事でしょ」 「そりゃそうだけどな。そこからずっとCAを目指してきた。そういう梅田は?」 「乗っていた飛行機が緊急着陸した時に対応してくれていたCAがカッコ良かったから」 「俺とあんまり変わらないな」 「違うよ。完璧なサービスとお客様の安全を完璧に守る。あんな完璧な人になりたいと思ったの」 「お前は完璧が好きだよな」 「悪い?」 「いや。にしても水族館も久々だな」  嬉々としてスマホを見ている誠人をよそに、朱里はなぜ水族館に行くのかを考えていた。  まさか、ペンギンを見れば笑顔になれるとでも言うんだろうか。  窓の外を見ながら考えていると、電車は目的の駅に到着した。平日のせいか人もまばらだ。水族館に向かってしばらく並んで歩くと、日本で一番高い電波塔に着いた。 「入り口はあっちだな」  誠人の案内で、エレベーターで目的の階に到着すると、そこは既に水族館の中だった。 「ここに来るのは初めてか?」 「うん。今まで大阪に住んでたから」 「関西弁って意外と出ないんだな」 「仕事のために直したの。今もイントネーション辞典とかで確認してるよ」 「よくやるな」 「変な訛りがあったら、機内アナウンスをさせてもらえないかもしれないし」  薄暗い中、クラゲやサンゴ礁を見ながら、誠人の歩調に合わせてゆっくり歩く。 「ママー、ペンギンさん、あっちだってー」  子どもの元気な声がしたかと思うと、朱里は足元に衝撃を感じた。見ると、幼稚園くらいの女の子が転んでいた。  女の子は目を丸くしたまま、ぽかんと口を開けて朱里を見ていたかと思うと、すぐにぐしゃっとした泣き顔に変わった。
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