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「本日のお客様はリストの通りです」
いつもよりも遅くまで起きていたからか、少し眠い。朱里は眠気を我慢し、気合いを入れながら、フライト前のブリーフィングに臨んだ。
「本日は修学旅行のお客様がほとんどです。どのお客様にも安心して搭乗していただくことを考えてください。なお、高校生の相手は早乙女チームにお願いします」
チーフパーサがそう締めくくると、すぐにチームごとのブリーフィングが始まった。
「高校生たちにつられて、フワフワした雰囲気にのまれないように。いつも通り、最高のサービスをしてください」
今日は、今まで以上に気が抜けない。ここで躓くわけにはいかない。絶対に、だ。
頬を叩いてから、席を立つと背中を強く叩かれた。振り向くと誠人が苦笑しながら朱里を見ている。
「肩に力が入りすぎ」
誠人はもう一度背中を軽く叩く。
余裕な表情が憎らしい。人がせっかく気合いを入れているところに何をしてくれるの。
朱里はじろりと誠人を睨む。
「顔、こわ。その顔で最高のサービスができんのか?」
「いきなり叩くことはないでしょ」
「何が一番面白かった?」
仕事と関係ない話を急に振られたため、朱里は言葉を詰まらせる。
これからラストフライトになるかもしれないのに、この余裕はどこから生まれてくるの。
恨みがましく見られていることに気づいていない目の前の男は歯を見せて笑う。
「俺はね、一本目」
「今関係ある?」
「面白いもの思い出したら、笑いそうにならない?」
「何をじゃれているの。仕事行くよ」
柚希さんに言われ、誠人はと一緒先輩たちの後ろを黙って歩いて付いていく。
黒色のキャリーケースを引きずり、颯爽と歩くCA。
その姿は傍から見ればカッコ良く見えるかもしれない。だが、朱里の頭の中は今日のどうやって笑顔で接客するかでいっぱいだ。
「どうしたら笑顔になれるかなんて考えるなよ」
朱里の頭の中を読んでいるかのように、誠人の言葉に驚いて隣を見る。誠人はまっすぐ前を向きながら、歩調も崩さずに歩く。
「面白かったものを思い出せば、自然にできる」
「そんなものなの?」
「そんなもんだ。さあ、今日のお客様がいるぞ」
搭乗口に到着すると、窓から物珍しそうに飛行機を見ながら、楽しそうに話している高校生の集団がいた。
「行くぞ」
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