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「かーずーきー!」
放課後。
夕方まで図書館にこもり、人気のない廊下に出たところ、背後から甲高い声が轟いた。
「ゆ、柚葉……⁇」
ふりかえれば、目尻を吊り上げる幼なじみの顔がみえて、俺は思わず後ずさった。
それを何の合図だと勘違いしたのか、柚葉が猛突進してきた。
「待て待て待て‼︎ よく分からねぇが落ち着け!」
「落ち着けるか、この裏切りものー‼︎」
「うぐっ!」
問答無用で体当たりを喰らわされ、硬い木の床に押し倒される。
後頭部に衝撃が走り、いってててぇ……と見上げれば、視線の先にふわふわと揺れる栗色の短髪があった。
「和樹、約束忘れたでしょ! ずっとグランドで待ってたんだよ!」
むすっと柚葉は頬を膨らませて、俺の襟首をつかんだ。
女子に馬乗りにされて唾を吐かれるこのシチュエーション。
羨ましい! と興奮するやつもいるだろうが、相手が空手強豪校のキャプテンとなれば話はちがう。
回答を誤れば生死に関わりかねない。
【柚葉、約束】と脳内に検索をかけながら、おそるおそる口をひらいた。
「一致する検索結果はありませんでした……」
あ、死んだ。
柚葉はぷるぷると肩を震わせてから、ガクンガクンと俺を揺すぶり始めた。
「限定プリンよ! 練習で行けないから、代わりに買ってきてくれるって約束したじゃん!」
「それな! 思い出した、今買いに行くところだったんだよ!」
「嘘つき!」
「まじまじ、嘘じゃねぇって! 2個買うから許して……!」
俺の首を締め上げる柚葉の手を叩きながら、必死に懇願する。
ギリギリ息ができなくなったところで、やっと動きが止まった。
ゲホゲホと冷たい床に身を預けたところ、
「ないの……」
ぷっくりと潤みのある唇を噛みしめて、柚葉が声を震わせた。
「コンビニを探してみたけど、もうないの……!」
たしか人気キャラをモチーフにしたプリンで、ネットではかなりの話題になっているとかなんとか。
読書に熱中していたから、柚葉に適当な相槌をうってしまったんだよな……
「そ、そうか。悪かったな……」
「楽しみにしてたのに、うぅ、カスキのバカ! 最低!」
「カズキだ! わざとだろお前! そもそも俺はお前のパシリじゃねぇぞ! ……って、なんで泣くんだよ⁇」
「だって、本当に食べたかったもん。あずきプリン……!」
ポタポタと頬に柚葉の涙が滴り落ちてき、慌てて宥めた。
「つ、つくるよ、あずきプリン!」
「和樹が……?」
「ああ! キャラは再現できないが、味は保証できる」
運動は全般ダメだが、俺は料理が得意だ。
「作ってくれるの?」
「いっぱい作ってやる! お前の大好きな小豆もたっぷり乗せてやっから、な?」
言いながらひくひく泣く柚葉の涙を拭いてやった。
柚葉は食いしん坊で、人扱いも荒い。
いわば、めんどくさい幼なじみの典型だ。
それなのに、こうして些細なことでぱあと明るい笑顔を咲かせる柚葉があまりにも可愛く見えて、ついつい振り回されてしまう。
「和樹、だ〜いすき〜!」
「うあぁぁ!」
はふっと抱きしめられた中3の秋。
生まれて初めて動悸が乱れたことは、俺だけの秘密である。
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