焔のツキノワグマ

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南国の果物。曲がりくねった木の椅子。朱塗りの竹笛。 洞窟の奥へと暖簾をくぐれば、骨董屋のような独特の香りがぷ〜んと漂う。「れんたるしょっぷ熊五郎」白板に青染めの看板が、入り口に立てかけられて、真新しくピカピカと輝きを放つ。 ここは一風変わった店だった。店員はただ一人。十年ほど前、この山へどこぞから流れてきたツキノワグマの青年である。住人である動物たちは、はじめこそ胡散臭げにこの新参者を避けていたものの、すぐに仲間として受け入れた。青年、熊五郎は優しく、穏やかで、思いやりがあった。また何より、彼の持ってきた色とりどりな所持品が、動物たちを惹きつけた。 これは非常に不思議なことだった。どんなにつまらないものでも、ひとたび熊五郎の手にかかればそうではなくなる。ただのシャケが、丁寧に清流で汚れを洗い流され、森のヤツデの葉にくるまれ、紅い木の実を添えて、松の枝にぶらーんと下げられる。もうそれだけで、シャケは異国風の輝きを放って見える。大変に魅力的だった。 のんびりと山での毎日を過ごす傍ら。熊五郎は何を思ったか、ある日突然、 “れんたるしょっぷ“ を開いた。商品は、熊五郎が大切に集めて加工したものの数々。山の動物たちはかわるがわる熊五郎の店を訪れた。 うさぎの少女。山鳩のお母さん。たぬきのお爺さん。みんなそれぞれ、親指サイズの木のお人形やら、リンゴ一個やら、スプーンとガラス瓶のセットやら。好きな物をとっていって、幸せそうに家へ帰った。 驚いたことに———彼らは、その品物を返さなくともよいのだった。それどころか借りるときに、料金を払う必要すらなかった。 熊五郎は、ただひとつだけを動物たちに約束させた。 「ぼくが貸したものをモチーフに、”芸術“ にして返してください。…何でもいいです。絵でも、音楽でも、詩作でも。ただ、たとえリンゴひとつでも、あなたがたの芸術創作に貢献してくれれば、ぼくは本当に嬉しいんです」 “借りたものをモチーフにした芸術作品を返す” これがこの店のルールであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。 そういうわけで、「れんたるしょっぷ熊五郎」の洞窟の中は。暗闇に芸術品が陳列される、不思議な美術館のようになっていった。すべては客が 作品であった。壁には絵が。棚には彫刻が。店の中には、誰かの歌声や笛の音のレコードが、いつも流れている。 たとえば、“石鹸の絵”。背景は夏の天の川。黒く塗りつぶされた闇の帳に、優しく弾ける桃色や水色のあぶく。薄くのばされた蜜柑の汁が、渋い風合いを醸し出す。これはふくろうの女の子が、一生懸命に描いた、かわいらしい絵。 たとえば、“干し柿を食べるネズミの彫刻”。筋骨隆々の小さなネズミの若者が、挑むように柿へ取っついている。ガラスが埋め込まれた鋭い瞳。眉を爛々と吊り上げ、必死にむしゃぶりつこうとする。勇敢で喧嘩に強そうな、このエネルギー溢れる木の彫刻は、もちろん当人が彫った力作。 たとえば、“帽子の歌“ のレコード。 おしゃれ山猫の少女が、自ら作詞作曲した歌。高音のソプラノは一切入っていない。低い響きが大地を震わせ、独特のこぶしと節回しが産み出される。物悲しいような明るいような、不思議なメロディが奏でられる。砂漠を旅する帽子の一生が詩に乗って。陽気な少女による幻想世界が奏でられる。 『おい熊五郎、適当な絵とかばかり渡されたらどうするんだ? それじゃ商売にならないぞ?』 いつか忠告したカナリヤの爺さんも、もう認めざるを得なかった。 “熊五郎のために、みんなが素晴らしい芸術を返している“ 熊五郎がもたらした美の感覚。それはじんわりと森中へ浸透し、黄金の樹液のように地を巡り。いつしか動物たちの心を、蕩けるような豊穣な香りで満たしていった。
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