かわいいぼくちゃん

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「やっだーーーー! 絶っ対っ、やだぁあ!」  昼下がりのホールに、絶望感の漂う雄叫びが響く。  私は保健指導の終わった母子カードを抱えて、事務室に戻るところだった。 「まだ……やってんだ」  呆れ返って声のする方をチラ見した。  今日は自治体の3歳児健診だ。郵送で呼び出しの掛かった誕生月の3歳児が保健センターにやってきて、成長発達の健診を受ける日だ。  当自治体では、歯科検診、懸案事項の洗い出しと発達チェックを兼ねた問診、身長体重測定、小児科医による内科健診が行われる。  申し遅れたが、私、田町は、助産師看護師の免許をもってして、ここの自治体の健診パートをしている。昨今の医療有資格人材不足が影響して、多忙な日々を送らせていただいている。  事務室に入ると既に、ベテランパート保健師の藤原さんが事後カンファレンスをする為に母子カードの整理をしていた。 「田町さん、尿検査未提出の人、いる?」 「はい。2人います。あと、精密検査出た子が1人」  藤原さんは、テーブルの上を滑らせるようにして、こちらに『尿検査控え』台帳を渡してくれた。 「精検票はこっちで書くから頂戴」 「はい」  一揃いの母子カードを藤原さんに渡したその時、ひときわ大きな泣き声と、それをなだめる女性の声が聞こえてきた。 「……ひどいわね」  藤原さんは眉間に僅かにシワを寄せて、小さく呟いた。 「うーん……」  私は苦笑で返す。  そこへ事務室の扉を明けてベテランパート看護師の山田さんが顔を出した。ホールの騒ぎが一段と大きく聞こえる。 「すんげーな。あれは。ずっとああなんだよな」  江戸っ子気質の山田さんは顔を顰めて扉を閉めた。  先程からホールで大騒ぎしているのは今日の健診に来た男の子。身体測定をするのに服を脱ぎたくないと大騒ぎしているのだ。  まぁ、たまにそういう子はいる。ちょっと情緒や発達的にセンシティブなタイプの子だ。それならそれで、コチラも対処する。着衣で困るのは正確な体重が計れないこと位だ。体格の発達を見極めることが出来ればよいのだし、保育園や幼稚園で測定出来ていればここで頑張ることも無い。 「療育対象(ラッコちゃん)の子じゃないんですよね?」 「そうだよ。なーにが気に食わなかったか知らないけどさ、もう計測は終いにしたよ」  山田さんは肩をすくめて溜息を付いた。 「キルラちゃん、大丈夫だからね! みんな困ってるから! 早く診察受けようね!」  ホールから聞こえた女性 ―― ママの声に、私は目を見開いた。あらやだ。計測だけじゃなく診察も受けられてないんだ?    それにしても、キルラちゃん? どんな字を書くのかしら。
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