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しばらくして、ホールに響いていた叫び声は小さくなり、……消えた。台帳類を整理し終えて事務室を出た私は、キョロキョロと当たりを見回した。
あれ? キルラちゃん親子は?
ホールはガランとしていて、奥の待合ソファで最後の診察を終えたママさんが栄養士さんと話をしているだけだ。
帰ったのかな……。
私は頭をポリポリ搔きながら、診察室を覗いた。
「お疲れ様でーす」
「ほんとよ。お疲れよ」
ベテランパートの佐々木さんが口を尖らせながら、スチールの机の上を消毒していた。私はぺこりと頭を下げると、パーテーションに下げていた看板類を外して所定の紙袋に詰め込んだ。
「さっき大騒ぎしてたキルラちゃんは……?」
「ああ……あの子ねー。先生が『あの調子じゃあ、ちゃんと診察できないから、また出直してきた方がいいよ』って。……帰ってもらったのよ」
「あらー」
机の上からワゴンに診察セットを移しながら、目を瞬く。
「何が気に入らなかったんでしょうねぇ」
「……さぁね。でも、なんか、あの親子、変じゃなかった?」
「変ていうか………」
私は医療廃棄物のペール(プラスチックの密閉容器)を回収してワゴンの下の段に押し込んだ。
「叱り方の文句がみんな『他人事』でしたよね」
みんなが見てるから泣かないで!
みんなが困ってるからちゃんとして!
先生が待ってるから診察受けようね!
保健師さんに怒られちゃうよ!
「確かに、所々滞りましたけど、あの子を回避して次を回せばよいだけですし、あの子が診察受けられなかったからって、こっちは困りません。それに、叱るのは親の仕事であって、うちらが子どもに怒るわけないじゃないですか」
「そうよねー。それに、子どもがグダグダしだしたら親までオロオロしちゃって。あれは、完全に子どもにコントロールされてる親になっちゃってるわねぇ。今日は診察しないって解ったら、あの子ケロッとして帰って行ったのよ?」
「あらー。……キルラちゃんでしたっけ? 男の子ですよね。どういう字書くんですか?」
「あのねー」
佐々木さんはポケットにしまっていたメモ帳を取り出してサラサラと書きつけてからコチラに寄こした。
綺流羅 ちゃん。
スゴイ……キラキラネーム。
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