かわいいぼくちゃん

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 翌週の3歳児健診。私は計測担当だった。村瀬さんという若いパート看護師さんとタッグを組んで、3歳児さんたちに挑む。 「12番で御待ちの方ー。身長、体重を計りますのでお部屋に入ってください」  計測室に呼び込むと、おさげの女の子が辺りにキョロキョロと警戒の目配せをしながらそろそろと入ってきた。後に続くママは、僅かに苦笑いを浮かべている。 「こんにちは。おばちゃん、田町って言います。お名前を教えてください」  女の子は、手をモジモジしながら私とママの顔を見比べる。 「…… おぞね ……ゆうか……」  消え入りそうな声だったけれど、ちゃんと応えてくれた。 「夕夏ちゃんね。これから、どれくらい大きくなったかなーって、身長と体重を計るのね。パンツ一丁になれるかな?」  夕夏ちゃんは不安そうな顔でママを見上げる。ママは、できるよね? って目配せをした。夕夏ちゃんは、今まさに身長を計っている男の子に目を遣った。でも、まだ何か警戒が解けない感じ。 「あ! 夕夏ちゃん、アリエルのTシャツ可愛いね! ディズニープリンセスの中でアリエルが好きなの?」  男の子の計測を終えた村瀬さんがニッコリ笑って夕夏ちゃんに話しかけた。夕夏ちゃんはビックリした顔で村瀬さんを見上げる。村瀬さんは、エプロンのポケットからタオルハンカチを取り出して広げると、軽く左右に振ってみせた。 「おばちゃんもアリエル好きなんだー」  アリエルの柄のついたタオルハンカチを見て、夕夏ちゃんの顔がパッと明るくなった。 「夕夏、パンツもアリエルの!」 「えっ? そうなの? じゃ、御仕度したらおばちゃんに見せてくれる?」 「うん! 可愛いんだよ! おちに……お気に入りなの!」  勢い込んで話す夕夏ちゃんはすっかり緊張が解けたようだ。私は村瀬さんと笑顔で目配せした。その後、すんなり準備をした夕夏ちゃんは、ニコニコ笑顔で身長体重を計らせてくれた。  その一方で、さっき計測を終えたばかりの男の子は、着替えスペースでクネクネしたまま靴を履こうとしない。計測の後は内科健診だ。お医者さんに対してあんまりいい思い出が無いのかもしれないな。ママがなだめたりすかしたりするが、とうとう不貞腐れた顔で座り込んでしまった。  私は男の子の前に座ると、彼が履いていた赤い新幹線の靴下を指さした。 「お! 壮悟君、『こまち』の靴下だったんだ!」 「おばちゃん、知ってんの?」 「知ってるよ! 前の白い車両の頃からね」 「すっげー! ボク、絵本で見たよ」  壮悟君は目をキラキラさせた。 「あら? 壮悟君の靴、『はやぶさ』カラーだね!」 「うん! そうだよ!」  壮悟君はニコニコしてグリーンのメタルカラーの瞬足を見せてくれた。東北新幹線の『はやぶさ』は、似たような色をしている。 「じゃ、『こまち』と連結しよっか」 「うん!」 「はい! じゃ、あと5㎝~、3㎝~……やわやわ~、やわやわ~……はい、止まれ」  『こまち』の靴下は『はやぶさ』色の瞬足の中にスポッと収まった。 「反対もできる?」 「できる!」  壮悟君は反対側の靴も同じように連結すると、ママと一緒にスキップしながら隣の診察室に入っていった。 「何ですか? 『やわやわ~』って」  夕夏ちゃんの計測を終えた村瀬さんが首を傾げた。 「ああ、連結する時の掛け声でね、『減速してゆっくり』って意味なんだよ」 「よく知ってますね」  村瀬さんは目をパチパチした。私はポケットに引っかけていたアルコールスプレーで、着替えスペースのウレタンシートを消毒し始める。 「ほら、うちの長女、筋金入りの鉄子だったからさ。そういう村瀬さんとこ、息子さんなのにディズニープリンセスよく知ってるー」 「それはー、男の子3人でむっさいから、私だけでもちゃんと女の子しておこうと思って、です」  村瀬さんは恥ずかしそうに笑った。  夕夏ちゃんも隣の診察室に入っていった。 「さて、次の子を呼びますかね」  私は13番のファイルを手に取った。
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