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「はー! 今日は多かったねぇ」
最後の子を計測し終わって、私と村瀬さんは後片づけに入った。結局、キルラちゃんは来なかったなぁ。と思いながら、デジタル体重計のコンセントを束ねていると、計測室の出入り口から、あのぅ……と、声がした。顔を上げると、眉をハの字にしたママが立っている。
「はい? どうされました?」
あれ? 誰のママだったかな? と記憶をたどりながらママの元へ歩み寄った。
「あの、……」
ママの視線は私の名札をチラリと見た。
「保育士さんの免許とかも持ってらっしゃるんですか?」
「いえ。……持ってませんけど?」
なんだろう? ママはちょっと間をおいてから、顔を上げた。
「いや、あの、あんまり上手にうちの子に接してらしたので、その……目から鱗で」
「……?」
首を傾げていると、ママの足元から電車の絵本を握った手が覗いた。
「おばちゃん! 『かがやき』見る? これ、持ってきたの。パパが買ってきたの」
あー……。壮悟君か。
「……大きな声を出さなくても、子どもにいうことを聞いてもらえるんだって、ビックリしたんです。いつもは、ああなっちゃったら頑として動かなくなっちゃうので……」
私は神妙な顔をしているママに笑顔を向けた。
「大きな声出すと、……疲れますよね」
「えっ?」
ママはキョトンとした顔をした。
「ホントは、壮悟君も解ってるんですよ。でも、気持ちの切り替えが出来ないんです。そういうことは、これからだんだん覚えていくことですから。私も何度か、あー失敗したなって思って子どもに謝ったりしました」
私は壮悟君の目線までしゃがみこんだ。
「今日は、壮悟君がえらかったね。パパにも『こまち』と『はやぶさ』の連結、教えてあげてね」
「うん!」
壮悟君は大きく頷いた。しゃがんだ姿勢のまま、ママを見上げる。
「ママも『ああ、そういう手もあったか』って何となく気付けたのなら、『疲れない育児』ができますよ。大丈夫、壮悟君、こんなにいい子ですから」
壮悟君とママを見送ってから、計測室に戻る。
「『疲れない育児』いいですね。私も実戦したいなぁ」
村瀬さんがニコニコしながら待っていた。
「3歳児はいいのよ、よいしょが利くから。まだまだ可愛いもんよ。もー思春期になってみ? 丁々発止だからね? コッチがやり込められちゃう。気が抜けないったら」
我が娘どもとの攻防を思い浮かべながら愚痴っていたその時、ホールの方から楽しそうな歓声と、まてーっ!と叫ぶ女性の声がした。
「田町さーん! そっち行った!」
「え? 何が?」
計測室から飛び出すと、足元にドスンと何かが体当たりしてきた。思わずキャッチしたのはトミカのTシャツを着た男の子。
「あーれーぇ? シュン君?」
「うへっ! ウィンナーのおばちゃんだ!」
首をすくめたのは、先日、弟君の赤ちゃん訪問に行った家のお兄ちゃん、駿介君だった。そういえば今日、3歳児健診だったな。
「アイサイト搭載だったんじゃないの? おばちゃんとぶつかっちゃったよ?」
「あちゃー!」
「ほら、『左右確認』して『危険を察知』でしょ? 大事故になっちゃうよ」
「そうでした!」
弟君を前抱っこしたママが、すみませーん、と駆けつける。お疲れ様、と駿介君を引き渡し、バイバイと手を振って見送った。
「田町さん、ウィンナーってなんですか?」
横に並んだ村瀬さんが目を瞬く。
「あー、先日赤ちゃん訪問に行った時にさ、鉄板ネタのタコさんウィンナーの食品サンプルのストラップを見せてあげたんだよねー。多分、それが印象に残ってたんじゃない?」
「なるほど……。お子さんを引き付けるネタをいっぱい持ってるんですね」
「いやいや。ママには子育て楽しんで欲しいから、何かヒントになればってね」
ママにとってはどんな子も「かわいい我が子」。ママの「困り感」を上手にすくって、サポートするのも私たちの仕事だ。
フッと短く息を吐くと、よっしゃ! と気合を入れて踵を返す。
「後片づけ後片づけ」
「はいはい」
私は村瀬さんと一緒に、診察室の後片づけにかかっている他の健診パートメンバーの元に行った。
<終わり>
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