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町は活気を取り戻した。
あるものは不安に喚き散らし、またある者は書庫から引っ張り出した英雄譚を興奮した様子で語る。
争いはなくなってはいなかった。
誰かが流したほら話が拡大されて歪曲し、平和な世界が来たのだと勘違いした人々が怠けものになった。
怠けものたちの世界も、結局は自分たちの住む狭い町だけの話だったのだ。
そうして戦争がはじまり、男は再び飛行機に乗って空を目指し、そして──二度と帰らなかった。
*
男の死後、格納庫から一冊の手記が見つかった。
一人の飛行機乗りが初めて戦闘機に乗った日から、二度の戦争に飛び立つまでが書かれたそれは、当時を知る上で重要な資料となっている。
しかしその中にほんの数日間だけ、空を飛ばなかった期間の記述が挟まれている。
そこには彼を知る上で必要な真実が記されていた。
男が空の低いところを飛んだ、本当の理由。
それは友人の遺した娘を探すため。かつて自らのミスで殺めた友人に贖罪するためだったのだ。
少女がその秘密を知ったのかは定かでない。
男が最後に空へ飛び立った時から、少女の行方は誰も知らないのだから。
ただ、手記を締めくくるページの隅に、デフォルメされた気難しそうな男の顔が落書きされていた。
それが、答えなのかもしれない。
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