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街のみんなは男を「変わり者」と言って避けていた。
男も同じように、街のみんなを「粗大ごみ」と呼んで毛嫌いしていた。
そもそもみんな街の外に出ないのだから、海の向こうの言葉なんて知らなくて、もちろん男がいう言葉の意味を知らない。だから誰も傷つくことはなく、そういう意味で怠惰は平和の礎になっていた。
空を飛ぶ男からは、地上の怠け者がよく見えた。
ときどき散歩に出て、自分に見合った程度の異性と家庭を作り、たまにパン屋に行く。
どの施設の店員もものぐさであるから、サービスの質は著しく低い。
けれど文句を言って口論になるのは面倒だから、みんながそれを受け入れている。男にとっては見慣れた、吐き気を催す平和だった。
けれどある日、男は地上に飛行機を見上げる少女を見つけた。
少女は、街外れの飛行場まで追いかけてきた。
「何か用か」
飛行機から降りた男は、待ち構えていた少女を睨みつける。
「ずっと、地べたから見上げていただろう」
「見えていましたか」
初めて少女が口を開く。その声は歳に不釣り合いなほど冷たく張り詰めていて、まるで機械を相手にしているようだと男は思った。
「ああ、目が良いんでな」
男の言葉に、少女は話を急くように切り返す。それは男の予想もしない質問だった。
「だったらどうして、もっと高いところへ行かないんですか?」
「ん?」
「だってリンドバーグは、地上に興味がないから空を飛んだんでしょう?」
男はそれが自分ではなく、史実のリンドバーグを指していることに気付いていた。
当然、彼はリンドバーグではない。空の風と孤独に冷えた体を震わせて、男は気だるく手を振るう。
「本人に聞け、そんなもの」
それっきり少女を置き去って、男はバラックに戻った。
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