偽物リンドバーグの飛んだあと

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 細長いバラックには、男が一人で住んでいる。  十年も前には、そこは軍隊の飛行機乗りたちが寝食を共にした宿舎だった。しかし飛行機が戦う時代が終わって、兵隊が軒並みいなくなった今は、男の一人部屋になっている。  彼の孤独は空も地上も変わらない。  だから自分に話しかけてくる少女が煩わしく、何より奇妙だった。  次の日も、その次の日も少女は飛行機を見上げていた。  そして男が着陸するなり、駆け寄ってきて小さく首を傾げる。 「寂しくないんですか?」  男は答えず、少女を置き去りにする。  何度突き放しても、少女は飛行のたびに男を見上げた。  いつしか男も、空を飛ぶたびに少女を探していた。質問には答えなくとも、男は少女のことを怠け者だとは思わなかったのだ。  少女につきまとわれ始めて半月が過ぎた頃、男は飽きもせず機上から街を眺めていた。  しかしいつもの場所に、少女はいなかった。  不思議に思った男は更に高度を下げて、普段は飛ばない経路を飛んでみる。  少女は、建物と建物の隙間の、太陽を避けるような路地裏に横たわっていた。  男は飛行場に着陸し、震える体を摩りながら路地裏に向かう。  少女は未だ薄汚れた路地に横たわっていて、男が来たのを見ると頭だけを起こして弱く笑った。 「ああ……。今日は、飛行機乗りさんから来てくれたんですね」  男は何も言わなかった。  空が冷やした瞳で周囲を見回すと、少女を抱えてバラックに戻る。  一番奥のベッドは、停戦後の戦闘で戦死した戦友のものだった。  彼は置き去られた遺品を払い落として、少女をそこに横たえる。 「やっぱり、何も答えてくれないんですね」  悲しげに微笑む彼女の顔に、男は濡らしたタオルを投げつける。 「体を治してからにしろ」 「治るどころか、これ、窒息しますよ……」  小刻みに震える少女の顔からタオルを剥がして、額に乗せる。  それから男は少し離れたベッドで眠りに就いた。
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