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男が少女と暮らし始めたのは、すぐさま街の怠け者たちに知れ渡った。
もともと娯楽の少ない街だ。たまに見かける住民たちは「どうした今さら。頭でもおかしくなったのかい?」と遊び半分に聞いてくる。
男はそのたびに、「ゴミはゴミ箱で寝てろ」と返した。
少女の治療費は安くない。街の肉屋であれば朝引きの特上品が買える紙幣が、たった一袋の粉薬に消えていく。
「こんな時代に、そうまでして他人を助ける必要があンのかい」
嗄れ声の薬屋の老婆が男を一瞥した。
男は銀貨を叩きつけながら舌打ちする。
「戦争が終わって助かる市民が増えたのに、それを見捨てる兵隊がどこにいる?」
「軍隊なんざとっくに解体されたじゃないか」
「俺は俺の仲間たちが死んでまで守った街が、他人を見捨てて生きるのを当たり前にしちまうのが嫌なだけだ」
老婆は何も言わなかった。
真意の読めない、だがまっすぐな眼光が、老いて垂れた眉の下から覗いていた。
男は踵を返して、薬屋を後にする。
「アンタら怠け者には、土台わからん話だろうがな」
男は去り際に吐き捨て、すっかり日の傾いた街に飛び出す。
夕暮れに倒れた枝葉の陰が、石畳にヒビを走らせていた。
郊外のバラックに向かいながら、自分がしていることは特別なことではないのだと舌を叩く。
狂っているのはお前たち怠け者の方なのだと、何度も繰り返す。
やがて飛行場にたどり着くと、少女は格納庫の片隅で飛行機を見上げていた。
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