偽物リンドバーグの飛んだあと

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「おかしいですね」  ベッドに寝かせると、少女はまるで本当に楽しんでいるかのように笑う。  男はそこで初めて、少女が笑いを堪えて肩を震わせていたことに気付く。 「何が」 「だって、そうじゃないですか。変わり者で有名なリンドバーグさんが、実はとんでもないお人好しだったなんて」  男は舌を叩いて、それから全身の力を抜いて少女のベッドに腰を下ろす。  長く使われなかったベッドが、ぎしりと重々しく軋む。   「自惚れ屋め。俺はお前に罪滅ぼしをしてるだけだ」 「罪滅ぼし?」 「ああ、親父さんのな」  酷薄な顔で、男は自らを嘲笑ってみせた。 「教えてやるよ、お嬢さん。この基地一番の腕利きだった整備兵が、間抜けな味方のせいで戦死した時のこと」  足元に視線を落として、男は語り始める。  ある日の防空戦で撃墜された敵機が防空壕に直撃し、少女の父親を含む五人が戦死したこと。その飛行機を撃墜したのが、他ならぬ男自身だったこと。  全て語り終えると、少女はキョトンとした顔を斜めにかしげた。 「じゃあ飛行機乗りさんは、私にとって仇なわけですか」 「ああ、殺してくれたっていい。拳銃も、パラシュートの太い紐を切るようなナイフだってくれてやる」  兵隊が消えたとはいえ、ここもかつては基地だった。  男を一人殺す程度の武器なら、裏の倉庫に山と積まれている。  「死ぬなら空で」と思った男も、過去の罪に目を背けることはできない。  しかし、少女は頭を振った。 「犯罪者になりたくはないですね」 「殺さないのか?」 「はい。でも、その代わりに教えて下さい」  少女は口許を手で覆って笑う。  それからぴっと姿勢を正して、男に向き直る。 「どうして独りぼっちで、空の低いところを飛び続けていたんですか?」
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