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誤魔化せない、と男は悟った。
彼は一つだけため息をついて、それからゆっくりと口を開く。
「確かめたいんだ。本当に空に足跡がないのか、空は本当に青いのかを」
「だったら、もっと高い所を飛べばいいじゃないですか」
「俺が高く飛んじまったら、誰が俺を撃墜するんだ? エンジン一基で俺より高い空を飛べるやつなんて、もうこの世にはいないんだぜ」
男は口元を歪に曲げて、鼻孔から小さく空気をこぼした。
自嘲げな笑みに、少女は意外そうに言う。
「なるほど、死にたがりでしたか」
「そうかもな。いつか俺を撃墜するやつが出てきたら、その時は笑って死ねるよ。それが本当の目的なのかもしれない」
「その時は、私のところに落ちてこないでくださいね」
「言うねぇ」
男は舌打ちの代わりに、口笛を吹く。
油まみれの格納庫は唇をべっとりと保湿して、その油分を吹き飛ばすために整備士たちはよく口笛を吹いた。
「珍しくご機嫌ですね」
「ああ、だってそうだろ。古いダチの娘が、こんなにも小生意気に綺麗になりやがって。うれしいに決まっているだろう」
「でも、私はもうじき死んでしまいますよ」
少女は一度だけ目をしばたたかせて、そして暗い色の瞳を伏せて微笑む。
その暗い目を見たくなかったから、男はくしゃりと少女の頭を撫でて言った。
「もう寝な。明日にはきっと、怠けもののいない世界がやってくるだろうよ」
せっかくだから、と男はかつて友人が好んだ口笛を奏でる。このバラックで一番器用な手先を持っていた、優しい男の好んだ歌だ。
少女は何か言いたげに口を動かして、けれどすぐに背を向ける。やがて一定のリズムで肩が上下して、覗き込んだ顔は穏やかな表情で眠りについていた。
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