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男は少女を起こさないように、清潔な毛布をかけてやる。
去り際、男の背にはっきりと声がかかる。
「ねえ、リンドバーグさん」
「ん?」
「私、まだ納得してませんから。空の、低いところを飛ぶ理由」
男は振り返らずに、そっと笑う。
思いがけず閉じた瞼の下から熱がにじみだす。
「だから、また空を飛んでくださいね」
叩きつけるようで、どこか優しい。それはきっと、少女なりの甘え方だったのかもしれない。
戦争で両親を亡くし、正しい甘え方を知ることができなかった。その相手に自分を選んでくれたことが、男には少しだけ幸せで、そして寂しかった。
男は少女の肩をゆすって、今度こそ眠ったのを確認してから言った。
「俺が空を飛ぶ理由な。今日なくなっちまったんだ」
その言葉は、悲しくは響かなかった。
ずっと憧れていた空を初めて飛んだ時のような。空を降りて、自分が引いた飛行機雲を見上げた時のような。柔らかい達成感と安堵だけがあった。
翌日、戦争が始まった。
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