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睦月の弱々しい言葉は英にはとどいていないようだった。盛りあがった皮膚を歯や爪を使い逆剥けさせ、よりいっそうの出血を誘っている。睦月は痛みに顔を歪めた。噛んだことによる出血は甘美だが、それ以外の痛みはただの苦痛でしかない。
「や……、噛んで……噛んでよ。それ以外は嫌」
ただ噛んでほしかった。噛むという行為だけがほしい。それに付随する痛みはなくとも構わないのだ。噛まれているという実感は、睦月にとって生きているという実感そのものだった。それならばできるだけ強く噛んでほしい。
噛むという行為は親密。口に入れるものは、自らが納得したものしか入れない。以前、睦月は何人かの恋人関係になった男たちに噛むことを要求したことがあった。しかし、だいたいは噛んだと思えないほど弱々しいか、戯れの甘噛みのようなものだった。そうじゃない。見本を示すように睦月が相手を噛むとなぜか多くが怒りだし、そのまま別れを切り出していった。
思いっきり、噛んで。噛みしめて。
睦月は懇願する。
その想いを体現してくれるのは英くらいだ。
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