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一番星
花壇に咲いた花。じゃんけんをする誰かの声。初めて握ったみゆきちゃんの手は細くて小さくて、それでいて大福みたいに柔らかくて。めったやたらと心臓が鳴るぜ!
見上げれば、空に浮かぶ雲はゆっくりと流れてゆく。何気ない顔をしても、荒い呼吸はウソをつけない。見ててくれたよね? みゆきちゃんのためだけに僕はがんばったんだぜ。やっぱり、声にはできない言葉たち。
「何してんの」誰かの声がする。
「手をつないでんの」
「いつまでやってんの」
「夕焼け空が……」空にグイッと右手を伸ばす。
「僕たちを引き離すまで」空はまだまだ青い。
「リョウスケが脳みそやられた」
「やられてない」
「みゆきちゃん、嫌がってるよ」
「そんなウソ信じない。ぜったい」それが証拠にみゆきちゃんの手は逃げようとしていない。それどころか、きゅッきゅッとソフトに握り返してくる。そのたび僕の胸もきゅッきゅッとなる。やっぱり心は、胸にあるんだ。
「しぃーーごぉーーろくぅー」
「逃げろ!」みゆきちゃんの手を握ったまま走り出す。
空にホワホワの雲が浮かんで、ときおり枝葉が濃い影を揺らしてた。木陰は涼しくて、毎日が冒険で、夕暮れなんてこなければいいのにと思ってたあのころ。
夏草でできた、ヒリヒリとする小さな傷。半分取れかけたひざ小僧のかさぶた。息を弾ませながらどこまでもついてきた、みゆきちゃんの柔らかい手。
首を傾けてふにゅっと、ひまわりみたいな笑顔を見せたみゆきちゃん。いつも日向の匂いがしたみゆきちゃん。
「深谷さん、どうしたんですか? ハイボールきてますよ」
「ん? あぁ……」
──僕の一番星、妹尾美由紀が、手の届かない宵の明星になったのは、夏休みの終わりごろだった。
まだあそこにあるだろうか。
僕たちを見ていたはずの、見上げると眩暈を起しそうに大きかったセンダンの木は。
そして僕たちふたりを覚えているだろうか……。
──fin──
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