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みゆきちゃん
「校舎に入っちゃダメ。学校から出ちゃダメ」
排水口に吸い込まれるように記憶が渦を巻く。意識は小学生だったころに戻っていく。あれは……四年生だった。
校外でも平気でクリップ付きの名札を胸につけ、給食の牛乳が瓶だったころ。塾やスポーツなどの習い事で忙しい同級生なんてほとんどいなくて、スマホやゲーム機なんてなかったころ。夏ともなれば扇風機に顔を寄せて「あーーーー」とやらなければ気がすまなかった、そんな時代。
否応もなく、鼓動が少しづつ少しづつ高まっていく。
「え、どこ行くの深谷?」トシアキの声に、僕は振り向いた。
「学校から出る」
「やんないの?」
「やるよ」
「じゃあ、出ちゃだめじゃん」何かと真っ直ぐにしたがるトシアキの目が、チクチクと責めている。
「いいよ、見られてるわけじゃないし」僕は土手を走り降りた。
みんな一生懸命に悪漢探偵をやっている。でも、学校を出ればびっくりするぐらい静かだ。授業をサボっているみたいな、不思議な開放感。
小石を蹴ると降るような蝉の声。汗を撫でて過ぎる木々のざわめき。遠くから聞こえる、放課後を楽しむ生徒たちの声に押されたみたいに、揺れる木漏れ日。もうすぐ、夢のような夏休み。
そろそろかな。制限時間があるから見計らって学校に戻る。逃げたり隠れたりすることに興味はない。足の速い僕の役目は捕まった仲間を開放すること。
「よっ、リョウスケ」とっとことっとこ逃げているシュンタが片手をあげた。
よっ、と手をあげた僕は、なんのモノかなんて知らない石の記念碑の陰から、そっとようすをうかがう。
「だーるーまさんがーー転んだ!」背中から声がする。
「だーるーまーさんがーーこーろー」チュン! スズメの負け。
捕まってる捕まってる。
捕虜になった仲間たちが、校庭のずっと先にある校舎のそばの木に、数珠つなぎになっている。
ここで自分が逃げることだけに専念するのは卑怯もののすること。仲間を助けることこそがこのゲームの肝なんだから、学校から出たズルは許してもらおう。大人数でやってるから、捕虜の周りでは探偵が何人も目を光らせている。
なんと、一番端っこで伸ばした手をぷらぷらさせているのは、僕のひまわり、僕だけの一番星みゆきちゃんじゃないか! ズームズームズーム! みゆきちゃんは眉を下げて不安そうな顔だ。手をつないでるやつを見た。男子だ。許さない。
いま行くぜみゆきちゃん!
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