38人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
本業
「はうぅぅっ……ふぉー……」
男はブルルと身震いした。今日は特に危なかった。
(畜生……畜生、畜生!!)
革手袋を嵌めたままの拳を膝に打ち付ける。考え事をするにも身を隠すにも個室は最適だが、長居は無用だ。
現在の彼は24歳のホスト、ということになっている。こんな黒ずくめの姿でマンションの住人と鉢合わせてはいけない。
仕事などで、この駅を利用する住人は多い。構内のトイレを利用することだってあるだろう。
(あの現象さえ無ければ、今頃は)
ギリっと奥歯を噛み締める。本当は今頃、掴みきれないほどの大金を手にしている筈だった──。
扉を細く開き、鋭い視線を巡らせる。臭気漂う男子トイレは無人だ。彼は素早く行動に移った。
次に男が姿を見せたのは駅近くのドラッグストアだ。いつの間にか、容姿は茶髪にパーカー姿のごく普通の若者に変わっている。
『吸収率が従来の2倍! アテムト』の商品ポップを気にしつつも通り過ぎた。続いて、『ノコギリヤシエキス含有量 業界No.1』と謳われたサプリメントのアルミパウチ袋を手に取り、ペットボトル飲料などの品物に紛れ込ませる。
もちろんレジを通す。万引きはしない主義だ。それが、正統派としての矜持である。
通称、カゲ。
鋭い眼光が特徴の彼は、年齢・本名ともに不詳の泥棒だ。
最初のコメントを投稿しよう!