本業

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本業

 「はうぅぅっ……ふぉー……」  男はブルルと身震いした。今日は特に危なかった。  (畜生……畜生、畜生!!)  革手袋を嵌めたままの拳を膝に打ち付ける。考え事をするにも身を隠すにも個室は最適だが、長居は無用だ。  現在の彼は24歳のホスト、。こんな黒ずくめの姿でマンションの住人と鉢合わせてはいけない。  仕事などで、この駅を利用する住人は多い。構内のトイレを利用することだってあるだろう。  (さえ無ければ、今頃は)  ギリっと奥歯を噛み締める。本当は今頃、掴みきれないほどの大金を手にしている筈だった──。  扉を細く開き、鋭い視線を巡らせる。臭気漂う男子トイレは無人だ。彼は素早く行動に移った。  次に男が姿を見せたのは駅近くのドラッグストアだ。いつの間にか、容姿は茶髪にパーカー姿のごく普通の若者に変わっている。  『吸収率が従来の2倍! アテムト』の商品ポップを気にしつつも通り過ぎた。続いて、『ノコギリヤシエキス含有量 業界No.1』と謳われたサプリメントのアルミパウチ袋を手に取り、ペットボトル飲料などの品物に紛れ込ませる。  もちろんレジを通す。万引きはしない主義だ。それが、正統派としての矜持である。  通称、カゲ。  鋭い眼光が特徴の彼は、年齢・本名ともに不詳の泥棒だ。
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