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その日からずっと、サンピラーに埋め込まれたハロの心臓が鳴ることはなかった。人間は徐々に数を減らし、2500年代半ばには肥大化した太陽の熱によって一人残らず干からびてしまった。ハロをショブンした人間という生き物は、もう存在しない。
「東京渋谷、現在時刻、快晴です」
サンピラーは今日もコンピューターの中枢に向けて信号を飛ばす。
「なあ、もう仕事しなくていいんだぜ」
「これしかやることがないので」
「まあそうだけどなあ」
気象庁として最新の機能を維持していたこのビルも、管理する人間がいなくなってからは立派な廃墟と化し、今では壁のコンクリートからは鉄骨が見え、ところどころ抜け落ちた天井からは強すぎる日の光が差し込んでいた。サンピラーの身体もしっかりと衰えていたが、ショブンする人間もいないため、老朽化して壊れた部品を自分で取り外し床に並べては眺める日々を送っていた。
いつもの癖で右手を胸に当てる。
トクン、と振動を感じた。
最初は内部の部品が抜け落ちた音だと思った。しかしその振動は、一定の間隔を空けて規則的に続いている。それどころかその振動は徐々に力強くなり、胸に当てた右手を押し返すように、ドキ、ドキ、と響き始めた。
慌ててコンクリートの隙間から空を仰ぐ。肥大化しつくした太陽の周りには、かつて虹と呼ばれた現象に似たリボン状の光が、ぐるりと輪を描いていた。
「ハロ」
何百年も使っていなかった通信回路を動かす。みるみるうちに雲が太陽を隠し、地鳴りのような雷の音が辺りに響き始めた。雨だよ、ハロ。返事の代わりにサンピラーの体内に心臓の鼓動が響き渡る。ぽつ、ぽつ、と降り始めた雨はすぐにスコールとなり、サンピラーの身体を濡らした。ヒビ割れた身体に雨粒が入り込み、体内の至る所で回線がショートしていくのがわかる。
サンピラーは胸に当てた手をギシギシと音を立てながら握ると、目をゆっくり閉じた。ハロはちゃんとテンゴクに行けたし、今からそこでまた会えるんだ。薄れていくサンピラーの意識の中で、ハロはやわらかく微笑んでいた。
「ねえ、ハロ」
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