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サンピラーは砕けたコンクリートの隙間から空を仰いだ。肥大化しつくした太陽の周りには、リング状の虹がかかっている。
ハロ、ねえハロ、雨が降るよ。
サンピラーの胸の中で、心臓の音がトクントクンと鳴った。
ハロは美しいロボットだった。気象庁のB棟の屋上で空を見上げる横顔は、サンピラーの視線を奪うには充分すぎるつくりをしていた。
2200年代に入ってからというもの、かつて梅雨と呼ばれた簡易的な雨季はリズムを崩し始め、人間はより正確な天候を予測するためにハロを産み出した。ハロは雨の予測しかできないものの、一体で日本中の天候を正確に感知できることや、その美しい見た目から「雨の女神」なんて呼ばれることもあった。雨の女神。女神という言葉が一体何を指すのか、サンピラーには想像もつかなかったが、その綺麗な響きを耳にする度に要らないデータが消えるときのような爽快な気分になった。雨の女神。
サンピラーはハロが活動を始めた5年後に造られた。ハロの設計図を元に開発された、直線的な顔立ちと厚みのある胴体。サンピラーは自分とハロの見た目が違うことになんとなく気が付いていたが、それが何を意味するのかはわからなかったし、興味もなかった。
サンピラーはハロから視線を外すと、昨日から降り続けている雨の出発点、空を見上げる。視界には雲に隠れた太陽がはっきりと写りこみ、目の前を日差しの向きや強さを計る計算式が光のようなスピードで流れていく。
「東京渋谷、2時間と42分後に雨が上がります。東京池袋2時間と50分後に……」
サンピラーはぐるりと首を回すと、いつものように地域別のデータを簡潔な言葉に直してコンピューターの中枢に送る。
「おう、今日もごくろうさん」
返ってくる言葉に軽く会釈をする。中枢を担うAIはサンピラーが産まれるずっと前から働き続けているせいか、少し馴れ馴れしい。
窓の外ではハロがいつものように雨を浴びて華奢な口角をほんのりと上げていた。自分の仕事の成果とも受け取れる雨が嬉しいのだろう、ハロは雨が降っているときだけ笑顔になった。サンピラーは視界にズームをかけてハロを眺める。ふ、とハロが気まぐれにこちらを振り向いたので、慌ててズームを解除する。職務怠慢だと思われたくない。
サンピラーは自分の変化に気が付いていた。日を追う毎にハロを観察する時間が長くなっていったからだ。ハロと話をしてみたい。ハロを近くで見てみたい。湿度を滞りなく感知するために室外に設置されたハロと、高度な計算機能を守るために室内に設置されたサンピラー。生憎サンピラーにもハロにも移動機能は付いておらず、お互いの通信経路も組み込まれてはいなかった。「これから晴れる」というデータを中枢に送り、ハロを観察し、たまに目が合っては視線をそらす日々。日常は常に続いているから日常と言うのだろう。サンピラーもハロも、疑うことなくこの日常を受け入れていた。
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