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ある年の年度末、気象庁は余った資金の調整のために、庁内で稼働するすべてのロボットのアップデートを行った。その日は快晴で、手の空いていたサンピラーはいつものようにハロを見つめていた。ハロは今日もつやつやとした肌で冬の終わりの白い日光を跳ね返している。ハロの方はというと雨の気配がまったくない空をつまらなく思っていた。手持ち無沙汰に代わり映えのない湿度を測ってみたりする。
サンピラーとハロは知るよしもないことだが、サンピラーがハロにピントを合わせた瞬間、ハロが代わり映えのない湿度を測った瞬間、庁内のロボットの活動は一旦ストップした。アップデートは一時間ほどで完了し、目を覚ましたサンピラーが突然変わった時刻の表示に戸惑っているときのことだった。
「ねえ、聞こえる?」
サンピラーは聞き覚えのない声に耳をすます。
「聞こえるのね!私、ハロ、はじめまして」
サンピラーは体内の温度が僅かに上昇したのを感じた。窓の外では、ハロが真っ直ぐにサンピラーを見つめている。通信機能が付いたのだ。人間の形をしたハロは笑うこともなく、口を動かすこともなかったが、新しい機能がよほど嬉しいのだろう、上ずった声がサンピラーの体内に響く。
「ずっとあなたと話してみたかったの、サンピラー、ねえ、なにか喋ってみて」
サンピラーは初めてのことに必死に頭を回転させると「東京渋谷、現在時刻、快晴です」と答えた。
このアップデートは二人の能力を格段に向上させた。元々ペアとして造られたロボットに、相互通信機能が備わっていなかったことがおかしかったのだ。二人は協力してより精度の高い天候予測を打ち出し、天気が変わる気配のないときは代わりに様々な情報を共有する。季節ごとに変わる空気の匂い、窓に当たる雨粒の音、人間の習性、中枢を担うAIの口癖。それらのほどんどは業務に関係のないことだったが、そんな会話を交わせば交わすほど、二人の通信速度はスムーズになり、本来の観測業務もかつてないほどの正確性が保たれるようになった。
「ねえサンピラー、サンピラーはどうやって雨上がりを観測するの」
「雲の向こうの日光の状態を計算して割り出すんだよ」
「ふーん」
しばらくは止まないであろう雨の中、ハロが口角を上げたまま少し首を傾げる。
「私には、その計算機能はついていないみたい」
「えっ、じゃあどうやって雨の予測をするんだい」
ハロがおもむろに右手を自分の胸に当てる。
「雨が降りそうになると胸が高鳴るの」
サンピラーはハロの仕草を真似て、右手を胸に当ててみた。シュウウ、という静かなモーター音が感じられる。胸が高鳴るなんて、そんな、人間みたいな。
「この心臓が、雨を呼んでいるのよ」
サンピラーは不思議だった。ハロと話せば話すほど、もっと話したいという自身の信号を感じる。ハロが空を見上げているときは、ハロと目を合わせたくてたまらなくなる。自分に足があれば、この窓を壊せば、ハロに触れることができるかもしれない。随分前に発覚した小さなバグがだんだんと身体を侵食しているんだ。サンピラーはそんなふうに考えていたが、そのバグを人間に報告するつもりはまったくなかった。なぜかはわからないが、このバグが修正されてしまうことが、サンピラーにとって一番恐ろしいことだったからだ。
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