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Sogni d’oro ~ 黄金色の甘い夢 ~
異国の朝焼けは海のように広くて、ジルベール・グロリオーサ・マーレイは深い場所に潜り込んでしまった錯覚に陥る。
背伸びする陽光で波長の短い青空が散らばった。東の一角、ここは"眺めのいい部屋"だ。
アルファ・ビルヂング。
日本の首都・東京の私鉄沿線に居を構える。一目見て、煉瓦造りと絡まる蔦にジルベールの心は懐かしさでくすぐられた。――入居を迷う理由は無し。蔦の先は今にも借り部屋のベランダまで届きそう。
(ジルベールはFlat、住人らはマンションと呼ぶ。)
管理人のヒロはジルベールの様々な要望をすべて叶えてくれた。
限定的で短い入居期間、自分が滞在していることを外部には秘密裏に。角部屋がいいこと。彼曰く「人情割引」の一種らしい。ジルベールに「人情」とやらは難しい日本語だったが親切にしてもらえたことは分かった。眼鏡の奥の瞳が優しく微笑む。
「東の角部屋が空いているよ」
この瞳が妙に印象に残った。
長く十分なまつ毛が重そうで、なおさら疲れてくぼんで見える。少し頼りなさげな細身の体も心配で――ジルベールもついに父親業が板についてきたか。
ジルベールの七歳の娘のクラーレットは今回の誘いをにべもなく断った。二人は訳あって世界を旅してきたが、少し前に母国・イギリスに腰を落ち着けたばかりだった。
「またあなたの悪い癖が顔を出したの?」
「仕事のね、出演作の下見だよ」
黒髪のボブヘアを揺らしてため息を吐く姿は生意気ながら、めいっぱいの背伸びをしていて可愛らしい。ジルベールが種を明かすと、クラーレットはつまらなそうに彼が贈ったスカーフを弄っていた。
ジルベールはクラーレットにたくさんの土産と楽しい話を持ち帰ろうと決めている。
301号室のドアを開けると窓の向こうの景色が一番に飛び込んできた。迷わずベランダに出る。暮なずむ街が白い街灯に照らされて、地上にも空があるようで美しい。
アルファ・ビルヂングの玄関先ではヒロが掃除をしている。ふいに黒い小さな光を宿す双眸と目が合った。
ようやく「ああ、らくだみたい」だと思い出す。
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