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例の大根は大人しく待っていた。いいや、待っていたというのは語弊がある。まさに大根らしく土に埋まっていた。
ジルベールも足をとめると、ついまじまじと大根を見つめてしまう。こうしてみると、単に道ばたに大根が自生しているとしか思えない。
人びとはこれを歩く大根、もしくはしなびた人参と言うが、ただジルベールにはもっと他の物に見えるのだ。
これは、マンドレイクではないだろうか?
ジルベールは植物に詳しいわけではないが(彼が詳しいのは映画だ)、母国では日本より馴染みがある。幼少期に読んだ幻想小説に登場していた、あれではないか。
「…………マンドレイク……」
その場にしゃがみこむジルベールの流暢な英語に件の大根がわずかに反応する。
ジルベールは懸命に記憶の糸をたぐった。彼とて今まで実物のマンドレイクを見たわけではない。だが、地面から引き抜く際にすさまじい悲鳴を上げると聞いたことはある。その声を聞くと正気を失ってしまうとも。
……今夜の自分は間違いなく正気ではない。
ジルベールは「ああ、いっそ悪い夢なら覚めてくれ」と藁にもすがる思いでマンドレイクへ手を伸ばす。
そのとき上空から勇ましい雄猫の声がした。
「ぎゃおーん!」
勇猛果敢な鳴き声に、ジルベールも思わず顔を上げた。空を見ると、雄のトラ猫が宙に浮いているではないか……!
ジルベールはすぐに分かった。紳士的な野良猫のトラだ! その下でもがいているのはあの蝙蝠か?
「トラー……っ!?」
ジルベールは慌てて蝙蝠と空を飛ぶトラを追おうとするも間に合わず、二匹はそのままアルファ・ビルヂングの方角へと延長戦にもつれこんでいってしまった。
喋る蝙蝠に、歩く大根≒マンドレイク。とどめは空飛ぶトラ猫だ。
ジルベールは思う、これは悪い夢に違いない。そうでなければやってられない。
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