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「時にジル、君の美しさは………なんというか……凶暴的なことがある」
雄馬が慎重に、優しい口ぶりで言って聞かせる。思わぬ緊急事態に管理人のヒロが駆り出され、姉の十和子とともに美加子を介抱する。
アルファ・ビルヂングの住人たちは何事かと206号室へわらわらとやってきた。
「ジルさんは一旦下がっていてくださいね」
ヒロの一言でジルベールを引き取ったのが雄馬とシュンの二人。彰人は「元気をだして、ジル」とハナを膝に乗せてくれた。
「大丈夫。こういうことは、過去に何度もあったから……でも良くしてもらった人だと辛いな」
ジルベールの笑顔が弱る。
十三歳の少年だったジルベールを彼の母親に見立てた脚本家、夜の相手を申し出たメイクアップ・アーティストの女、未熟な彼の金銭的援助を希望した中年女性のパトロン、たまらなく彼が好きなのだと打ち明けた男娼の少年……さまざまな人びとがジルベールの美に翻弄されていった。
それから、あの女。
ジルベールに言わせれば美加子の反応は、まだ可愛らしいものなのだ。それだけに申しわけなさばかりが募る。
「ジルちゃんジルちゃん、気に病んじゃだめよ。お姉ちゃんってば、端から見てるだけなのに、ちょっと一気に幸せが押し寄せちゃっただけだから」
「ありがとう、トワコサン」
十和子の声もまた優しい。
人びとからの羨望と憧れの眼差しがジルベールに突き刺さる。
202号室の男子大学生二人組の声色も黄色い気がする。
「ねぇ信じられる? 奏斗。あの人、二十一歳なんだって。俺らとそう変わんないじゃん」
「うん、誠二。どうやったらあんな色気が出るんだろうね?」
彼らの隣室の画家の男は何か言いたげにジルベールの様子をうかがっている。
306号室の山下メイちゃんも輝く瞳でジルベールを見つめている。
「綺麗……この人、宝石?」
今にも吸い込まれそうににじり寄るメイちゃんに苦笑しつつ、「人間だよ」と、ずれた返答をする。彼女を呼ぶときはどうしても5月の「May」の発音になるのだが、ジルベールはメイちゃんが何月生まれなのかは知らない。
406号室の柿沼静流は少し離れたところで立っていた。
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