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芹の純な瞳を見つめ返して、ジルベールは自身の薔薇色の唇に指を押し当て微笑んだ。
ジルベールと彼女の二人が知っていればいいことだった。たとえば、どれほど素晴らしい時間を過ごしていたかなど。なので意地でも口は割らない。芹もこれ以上は追求するつもりはないようだ。
騒がしかった嵐が去り、206号室が落ち着きを取り戻した頃、ジルベールが口を開く。ずっと聞きたいことがあった。
「あの、これなんですが……」
「あっ!」
彼が手に持っているのは例のノコギリヤシの袋。人びとにパッケージのデザインが見えるように掲げると、アルファ・ビルヂングの住人たちが一斉に声を上げる。
ほぼ全員――。
どうやらこのノコギリヤシ、住人間では周知のものらしく、皆が揃って疑ってかかっていた様子である。口々に「家にもあった!」と声が飛び交う。
入居者全員に届けられたというなら、ヒロの差し金か? と思われたが、この管理人の家にも届いていたと言うから謎は深まるばかり。
「僕、なんて書いてあるかも分からなくて……」
「頻尿に効くらしい」
「ヒンニョー?」
戸惑うジルベールに答えたのは水上翔。307号室の住人だ。次の答えは彼の夫のダーチャが返してくれる。ロシア人だが訛りのない流暢な英語を話す。
「おトイレが近いってことだヨっ!」
銀色の髪が輝く美青年の口から「おトイレ」だとかで面食らうやら、夫婦にしたって彼らの距離の近さに面食らうやら……公衆の面前でいちゃつけた試しがないジルベールはなんだかむず痒い気分になった。
ところでダーチャは今日もユニークなシャツを着ている。通称︰イケメンTシャツだ。もちろんジルベールにも配られた。
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