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鍵のかかった恋心も今のジルベールには過ぎた日のことだが、その鍵は真鍮でできたペンダントの形をしている。
昼の光に照らされると緑色のペンダントは黄金に輝いた。眩しい光に惹かれるのは、動物も同じらしい。
「ハ、ナ」
薔薇色の口唇がやや大きく開く。不慣れな言語は、はっきりとした発音で。ジルベールが最近覚えたのが「ハナ」という猫の名前だ。
艶のある毛並みから飼い猫、とても大切にされているらしいことが分かる。ジルベールが彼女の名前を知ったのは飼い主の溺愛っぷりを耳にしていたからである。
ジルベールが借り部屋のベランダで読書に耽っているとハナがやって来る。時おり雄のトラ猫も一緒に。
「こんにちは、お嬢さん」
ハナは「お嬢さん」と呼ぶにふさわしい猫だった。お行儀が良く、まんまるで愛らしい。
初めにジルベールは決まってこう声をかける。するとハナはおすましして膝の上に飛び乗ってくる。特別甘えてくる様子はないが、ハナは安心した様子で眠っている。
「ぴんく、ぴんく。あんよ、あんよ」
少しばかり舌っ足らずの呟きはハナの飼い主から聞きかじった受け売りだ。日本語はまだ難しいが、ジルベールは特別な愛の呪文に違いないと思っている。
だが、ジルベールが肝心のハナの飼い主と顔を合わせたのはハナとの出会いから、またしばらくのことだった。
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