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ジルベールは珍妙なものを見た。
ふしぎな蝙蝠との邂逅をはたした後、少し正気を取り戻しておくべきだと、ジルベールは外へ出た。変な汗をかいたので手持ちのヘアゴムで髪をハーフアップに結ぶ。
もちろん蝙蝠の姿はない。
ふいに、どこからか「ドラコ〜〜〜」「ケルピ〜〜〜」と熱烈な恋人たちさながらの声がした。
すぐさま周りを見渡すも夜だからか、姿が見えない。幼子みたくきゃっきゃとはしゃぐ声ばかり響いている。
さきほどの喋る蝙蝠といい、幻聴か? と自身を案じたところで女性の悲鳴が上がった。
「キャッ! 大根……!」
時刻は夜だ、ジルベールは何か危険なことが起こっているのではないか?! と急ぐ。
「あの……?!」
「出たのよ! 大根が!」
ジルベールが声をかけると被せるように返される。相手は女性で、スーツに身を包み化粧をほどこしているところを見ると仕事帰りらしかった。
訳が分からないといった様子のジルベールに、彼女は「見て!」と指差しする。
人びとの間でまことしやかに囁かれている話題の大根だと聞く。ジルベールは自分が何も知らずにいたことに愕然とした。
喋る蝙蝠の次は歩く大根か?
困惑しきりのジルベールに対し、女性の声はますます熱を帯びてくる。
「やっと見つけた! やっぱり幻覚なんかじゃなかったのね!」
今夜は何かがおかしい……いいや、何もかも。
アルファ・ビルヂングはすてきな場所でジルベールは"眺めのいい部屋"を手に入れたと思っていたが、これでは桃源郷どころか魔境ではないか!
すると女性がふいにジルベールの腕を掴んだ。
「お姉さん、私より立っ端があるし靴だってスニーカーでしょ?! 追うのよ、走って!」
「なんだって?」
例の大根に対し、足踏みをするジルベールに痺れを切らせたように「Run!」と檄が飛ぶ。
いよいよ意味が分からなくなってきたが、背中を押されるがままジルベールは駆け出した。
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