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彼に聞かれたわけじゃないのに、私は、その日のオペの話をした。目の前のカクテルは、ジンフィズに変わっていた。
『すみません、こんな話』
『ありのままでいいんだよ、泣きたい時は泣けば。辛い話だけど、未希ちゃんがそんなふうに泣いてくれるの、僕が2人の立場だったら空の上から“ありがとう"って思うよ、きっと』
マスターそう言うと、またカウンターの真ん中に戻って行った。
ありのままで。
もしかして、ジンフィズのカクテル言葉?
仕事中とはいえ、涙を我慢するのは苦しい。でも新人でもあるまいし、手術室で溢れかけた涙をそのまま流すわけにはいかなかった。
一人でお酒を飲むには心細すぎる。心細さが引き金になって、自分の至らなさや情けなさが、くだらない涙になったかもしれない。そんな涙が混ざったら、あの2人の命が軽くなってしまう気がした。
もう一度マスターと目が合うと、大丈夫、というように彼が頷く。力が入りすぎて板のようになっていた背中が、ぐにゃりとへたるのがわかった。
マスターの耳に光ったピアスから目が離せずに、涙のせいで歪んだ彼を見つめていた。
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