act Ⅰ

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 彼はバイセクシャルだと、いう噂がある。  確かに、何度か男の人との親そうな場面を目にしてた。このカウンターの席で、他の人を寄せ付けないような空気を纏って、イケメン2人がしっぽりしている、図。 「仕事終わり、なんか色っぽいねぇ。…未希スペシャルでいい?」  顔を上げると、目の前に体をかがめて私に視線を合わせる彼がいた。    いきなり、この距離に。心の準備できてないタイミングでは、勘弁してほしい。一回大きく打った鼓動が、聞こえてたりして。  いつだってそう。  気のありそうな、揶揄ってるようなセリフをくれるから、心拍数が上下して疲れる。疲れるのがわかってるのに、顔を見たくなる。  このBARのマスター、小野寺(おのでら) (れい)。    ジェンダーレスな雰囲気の、ガタイのいいクールなイケメン。  初めてBAR Deneb(ここ)へ、職場の上司に連れてきてもらった時には、失恋して凹んでたはずなのに、いつからか私は、1人でここに通うようになった。    …紛れもなく、マスター()に会いたくて、ここに。 「未希ちゃん、仕事大変すぎてない?」  未希ちゃん、て呼び方にもやっと慣れた。こんな大人になってから、優しく名前を呼んでもらったことは正直記憶にない。しかも、気のせいか“みーきーちゃん"って大切そうに言ってくれてるから、余計に胸の奥に響く。  …自惚かな。 「大変なのかどうか、もうマヒしてわからなくなってるかも」  あなたのこともね、と心の中で追加した。こんな風にしか言えないなんて、私もいじらしい。
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